「御用―改めー♪ その一瞬にー♪ 
 うなれー清光―♪ 誠の三段突きー♪」

 などと、陽気な歌が響き渡り、「誠」の一字を大書した旗が翻る。いつ如何なる時でも――それが体調不良時及び戦闘中でなければ――沖田さんは、常に朗らかで楽しげだ。

 つられて、わたしも笑ってしまう。傍にいる信長さんも、「なんじゃその歌は、微妙にゴロが悪い」なんて悪態をつきながら、それはそれで悪くないと思っていることは伝わってくる。つまりは、信頼関係だ。腐れ縁でも、縁は縁。繋がっていれば、少しずつ、その絆は深まっていく。

 そんなことを思いながら、わたしと先輩、沖田さん、そして信長さんの四人は、今日も今日とてカルデアの廊下を練り歩いている。……何故か、世に名高い新選組の、浅葱色に染め抜いた、だんだら模様の羽織を着て、である。



 いや、何故か、も何もない。由来は明白だ。特異点での戦いは激しいものだけど、一か所修復してしまえば、次の戦いまでは時間が空く。謎の戦いに巻き込まれたり――具体的にはネロさんの無茶ぶりだったりハロウィンだったりクリスマスだったりバレンタインだったり羅生門だったり鬼ヶ島だったり――しなければ、基本的に平穏無風なのがカルデアである。カルデアに力を貸してくれるたくさんのサーヴァント、その中には、その暇を持て余す人だって、いる。

 そのうちの一人が、沖田さん。新選組一番隊組長として名高い、生粋の剣豪。その彼女が、少し前に、こう言い始めたのだ。

「カルデアにも御用改めが必要ですよね」

 最初はなんのことだろう――と思ったけど、要は、人理の継続を担う重大機関なのだから、異常がないかどうかのパトロール部隊が必要なんじゃあないですかね? ということだったようで。それは確かにその通り、と、賛意を示した次の瞬間――。

「そう言ってくれると思っていました!」

 と彼女が取り出したのが、例の羽織だった。彼女曰く、市中巡察はこの色じゃなきゃあ力が出ない、黒と白はちょっと地味過ぎで調子出ない、とかなんとか。かくして、沖田さんお手製の羽織を用意されたわたしたちは、カルデア見回りのための「カルデア御用改め隊」を結成したのであった。

「にしても、今日も今日とて平穏無事ですね。サツバツとしたキョート時代には考えられないくらい」
「そりゃそうじゃろ。悪性こそ人の真骨頂じゃが、ここに残った全うな人類等はその中でも稀有な善も善、というのが大半じゃろうし、事件などそうそう起こるはずもなかろ」

 風流な浴衣に新選組羽織を併せて着こなしている信長さん(曰く、正装にこんな観光客の土産みたいなもん合わせられん、わしはわしでこれに似合うこーでを考える!とか)は、あくびをしながらそう言ってのける。流石は天性の洒落者傾奇者、一見だらしなさそうに見えても「美しさ」を体現してしまっているあたり、戦国の数寄は伊達じゃあない。

「ま、起きてせいぜい盗み食いってところですね、人間に限れば。ええ、あくまで人間に限れば、です。しかし、ここはカルデア、数多の英霊集う現代の梁山泊、あるいは壬生浪士組。反乱を起こしかねないサーヴァントだってたくさん居ますからね。そういうときのため、と考えると、有意義と言えなくも……、……おや?」

 先輩と顔を見合せ、そんなことが起きないように願いたい、と苦笑し合ったあたりのこと。御用改め隊の先頭でレプリカの誠一文字隊旗を持っていた沖田さんが、ぱたと足を止めた。

「はて。なんでしょう、あれ」

 首をかしげながら、そう呟いた彼女の視線を追う。
 その「異変」は、わたしにもすぐにわかった。

「モヤっと、しとるな」
「ええ、モヤっと」

 確かに、モヤっとしている。先輩もまた、うなずきながら靄だね、アレは、と呟いていた。

「ダーク・ゾーン。そう、カルデアの記録映像で見たことがありますね。ペガッサなんとかという宇宙人が展開する固有結界めいたモノに近いような……」
「それは記録映像じゃなくて特撮じゃろ。いや、見た目は確かにそっくりじゃが……むしろアレじゃ、銅鑼なんちゃらなるタヌキが活躍する銀幕活動戯画の動物星版に出てくるピンク色のアレではないか? 色は黒じゃが」
「ああ、そういう見方もありますね」

 諸々表現は出たけれど、まさに言わんとしているその通りの外見であることは間違いない。「靄」だ。ただ、ロンドンの毒霧のように、空間に広がる性質をもつものではないらしい。あくまで、廊下の隅に、一塊になって存在しているだけ、という感じである。

「それにしても怪しさ満載です……まずはドクターに報告を、って、沖田さん!?」
「え? どうしました?」
「どうしました、じゃないです! 何で手を突っ込もうとしているんですか!」
「いや、まずは触って確かめないと。でしょう?」
「何言ってるんですか危ないものだったらどうするんです、って、ああ!」

 魔術王の詐術か、はたまたカルデアのシステムにおける深刻なエラーか……と、わたしや先輩が抱いているであろう危惧を余所に、その豪勇を遺憾なく発揮する沖田さんは、堂々とその黒い靄に手を突っ込んでいった。

「あれ?」
「ん? どうした? 何か居るのか?」
「いえ。これ……」

 そして、ハラハラしてみているこちらを余所に、何でもない、というふうに、沖田さんは言ってのけた。


「これ。この中。どこかにつながってますよ」


 ――と。






   ※






 その事件は――麗らかな春、とある土曜日の朝に起こった。


「完璧だ……完璧すぎる、洗濯日和だ……」

 その漢、衛宮士郎は、今日も今日とて家事に精を出していた。天気は快晴、それも決して暑いというわけではなく、湿度もほどほど、爽やかな風が駆け抜けていく。嗚呼、なんという心地よき気候であろうか。理想のおやすみに相応しい、天の恵み。シーツとおふとんを干した後は、出かけてのんびりか、家でのんびりか。いずれにせよ、最高の一日になることは疑いな――、


「あ、あああああああああああああああ――!!!!?」


 ――い、と。

 そう、思い切り背伸びをしつつ、彼が笑顔で考えた瞬間のこと、であった。

「!?」

 彼の武家屋敷が、閃光に包まれた。
 士郎は、そう知覚した。ほぼ同時に、よく知った、少女魔術師の悲鳴が聞こえてくる。
 そして、彼は悟った。平穏平和、安定にして安寧な、幸せな休日は、今まさに、夢と散ったのだ、と。





「で、何がどうしたんだ?」

 数分後、衛宮邸の居間。スパークでやられた目をこすりつつ、ちゃぶ台の傍に腰を下ろし、衛宮士郎はそう問うた。

「…………」

 正面には、正座したまま面を伏せ、硬直している少女がいる。彼女、遠坂凛がこの事件の主犯であることは、先刻の叫び声からも明白であった。逃げられぬ、と観念してか、あるいは自責の念からか。彼女はこうして、殊勝にも居間に出頭し、邸主の前で首を垂れているのだ。

「何か、やらかしたんだよな?」
「…………」

 無言であるが、全面的に肯定している、と考えていいだろう。ただ、強烈な光が発生しただけではない――と、その態度が、強くそう推定させる。

「…………」
「…………」

 問いかけに無言を貫くので、今度は自らも言葉をシャットダウン、じっと見つめる策をとる士郎。対する凛は、決して面を上げようとはしない。端的に言えば、士郎の目を見ようとしていない。

「…………」
「…………」

 続く沈黙。さて、思考を整理してみよう。彼女、遠坂凛は、罪悪感を覚えている。これは間違いない。だが、場は膠着している。何故か。それは、彼女に非があるからだ。端的に言えば、どれだけ言い繕ったところで、彼女自らがギルティであることは必定である、ということ。口を開き、事情を説明すれば即、彼女は断罪されること疑いない。おそらく「それだけのこと」をしたのだ。

 それ故に、沈黙。このままでいいはずがない、と思っていても、ここから動けば確実に甚大なダメージを受ける。それを、遠坂凛は悟っているのだ。ならば。

「なあ、遠坂」
「…………」
「セイバーのエクスカリバーだって、光るからな。そういう意味では、ありふれた現象だと思ってる」

 士郎は、ウソをついた。そもそも、セイバーがエクスカリバーを放つ機会など、そうそうあるものではないし、そもそもこの敷地内で一発でも放てば衛宮邸は間違いなく瓦礫と化す。ありふれた現象、であるハズがない。

 だが今は、懐柔が先だ。何が起こったのか、説明を引き出さなければならないのだ。

「だから、怒ってないぞ。うん」
「……、……、……」

 少し、空気が動いた。士郎は、敏感にそれを察知する。
 引いたところを押せば、勝てる。相撲と同じだ。特に、凛はディフェンスに弱点がある。押し込むべきタイミング、と、士郎はそう判断した。

「というわけだから、な。話して欲しいんだ、遠坂。真実を。この家で、何が起こったのかを」
「……、……ん」

 士郎の呼びかけに応じたのか、わずかに、凛の口が動く。が、その声は小さく、士郎にははっきりと聞き取れなかった。

「ん?」
「……、……けん」
「剣?」

 同じフレーズを、彼女は繰り返した。「剣」と、そう言っているようだ。

「セイバーって意味じゃないよな」
「……うん」

 剣。むしろ、この単語は凛よりも士郎に親和性があるもの、と言っていいだろう。逆に、凛本人からすればそこまで縁起のいいものではない……かもしれない。いや、「遠坂」にとっては、か。

「剣がどうしたんだよ」
「師父の……剣」
「師父、って。まさか、遠坂」

 続く言葉で、士郎は悟った。凛が言う「剣」。そして「師父」という言葉。その並びが導き出す答え。士郎にも、それくらいは推定できる程度の知識は蓄積されている。

「いや、上手くいくと思ったの。信じて?」
「すべては結果のみで語られるんだよ遠坂」

 ばっさりと、斬って棄てる。士郎は、深いため息とともに、事態の深刻さを想う。彼女の言葉から導き出される推論を纏めれば――、凛の出張工房と化している我が家の客間は、異界か特異点めいたモノになっていてもおかしくない。

 宝石剣キシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグ。遠坂が「師父」と位置付ける存在が遺した、遠坂にとっての永遠なる宿題の名前である。確か、彼女の家に伝わっているのは、その設計図。かの剣を「再現」することこそ、遠坂家のレーゾンデートルの一端である、そういう代物なんだとか。

「再現実験、したのか」
「うん」
「敢えて、ウチでか」
「こっちのほうが変なしがらみもないし、新鮮な気持ちで挑めるから、上手くいきそうな直感があって」
「せめて、事前通告が欲しかったと思うんだ、俺は」
「したら許してくれた?」
「ノーだ」

 これで、事情は理解できた。これ以上聞いても、意味はあまりない。士郎はそう判断すると、席を立った。

「とにかく、現場を見てくる。修理とか必要だったら、さっさとやっちまおう」
「あ、いや……」
「うん?」
「……何でもない。見てもらったほうが早いわね、きっと」
「?」

 凛は、やはり士郎と視線を合わそうとしない。表情は、どこまでもバツが悪そうだ。そんな顔の遠坂凛は、不吉である。一旦心を許す仲になれば、彼女ほど表情に感情が浮かぶ人もいない。であれば、きっと、何か尋常ならざる状態になっているのだろう。

 士郎は、覚悟を決めて、居間を出た。
 その瞬間、何とも言えない感覚が、彼を包み込む。
 それは、「事件」が起こった場所が分かっているから、だろうか。あるいは、彼が生命の危機を乗り切ってきたことで培った「直感」が働いているのか。彼は、屋内であるにも関わらず、天を仰いだ――ああこれは、ダメなヤツだ、と。何かが、居る。あるいは、在る。廊下を行った角の先に、だ。

 セイバーと一緒であれば幾分か心強い、のだろうが、生憎最良のパートナーは河原で子供たちとサッカー中。そういや、ユーロは面白かったなあ、ウェールズのユニ即買いしてたもんなあセイバー、などと、若干現実逃避気味の思考に陥りそうになりながらも、彼は自らの足を動かした。
 一歩、二歩。廊下の角へ至る道がこんなにも長いとは。これがアインシュタイン先生の言う「相対性」なのであろう。こんな形で実体験したくはなかったけれど、と、士郎がそんな思考に到ったところで、彼は角を曲がった。


 ――そして。


「おや」


 士郎はその瞬間、見知らぬ少女が扉を開け、遠坂凛の居室、衛宮家の客間から出てきたところを目の当たりにした。

 やけにセイバーに似ている――しかし、髪の毛は薄い桃色、と言うべきか、そしてセイバーほどの髪の長さはなさそうな――その少女は、見間違いでなければ、時代劇で時折見かける浅葱色のだんだら模様羽織を着用していて。

「ど、どうもー。御用改めの沖田さんですよー……、ちょっとノッブ! 私一人に行かせるとか鬼ですかあなた! 早く出てきなさい!」

 そんなことを言いながら、あわただしく客間の中へと戻って行ったのであった。

「……なんでさ」

 既に、衛宮士郎における脳の処理容量を超える事態が起こっていることは、容易に理解できた。
 さあ、これから何が起こるのか。逆にここまでくると、肝が据わる。士郎はひとつ深呼吸をすると、我が家の客間、そのドアノブへと手をかける。

「あっ」
「お」
「ええー……」

 そして、一気に扉を開いた、その先。
 そこには、端的に言えば、「靄」があった。
 いや、正確に言えば、「たぶん、何か異世界とのパス的なゲートなんだろう」と簡単に予測させるような光景が広がっていた、と言うべきであろうか。かの宝石剣が持つ由来を合わせて考えれば、まあ、妥当というべき結論とさえ表現できるかもしれないのだが。

「なんじゃ、やはり変なところにつながっておったか」
「いいから出てきなさい。ほら、驚いてるでしょうこちらの方も」

 その「靄」の傍らに、先ほど鉢合わせた少女が立っている。そして、その「靄」からは、瀟洒な着流し風浴衣に、少女とおそろいの浅葱色羽織を羽織っている……これもまた、見事なまでの美しさを誇る黒髪の少女が、上半身だけ乗り出していた。

「……Oh……」
「あ、私たち決して怪しいものではありません。そう、たぶんあなたもご存じの者でして」
「ま、知名度で言えば……えーと、たぶんこいつも日本人じゃろ。それなら知っとること間違いないじゃろな、うむ」

 などと、二人は供述している。黒髪の少女は「よっこらせ」などと見た目と合わないことを口にしながら、「靄」から体全体を出すに到り、士郎の方を向き直る。

「では改めて、わしはアーチャー、第六天魔王・織田右大臣信長じゃ。そしてこやつは」
「どうも、新選組で一番隊組長やらせていただいてました沖田総司、です。今はわけあって人理継続のためにセイバーのサーヴァントやってます、はい」

 そして、とんでもないことを言い出した。
 織田信長。沖田総司。確かに、彼女たちの言う通りだ。日本に住まう者として、その名を知らない者はおそらく少数派に属するだろう。方や、戦国日本をほぼ統一しかけた乱世の申し子。方や、幕末動乱の京都で剣の腕を頼りに武名を挙げた天才剣士、である。……二人とも、どこからどう見ても女性なのであるが。

(いや、でも)

 それ以上に、士郎が引っ掛かったのは、「アーチャー」「セイバー」「サーヴァント」という単語であった。それはつまり、――彼女たちが「聖杯戦争」にかかわっている、それも、英霊として召喚された身である、ということだ。

「どうも、衛宮士郎、です」

 だが、挨拶は大事である。どこか別の次元の古事記にもそう書いてある、とかなんとか。士郎はおじぎをしながら名を名乗り、面を上げて二人を見た。

「で、ですね。沖田さんと織田さん……、でいいのかな。どうして、お二人がここに」
「なんじゃ、あまり驚いてはおらんようじゃの。『信長が女性?!』とか『サーヴァントってなに?!』とか。あ、わしのことは信長様とか上様とか呼んでよいぞ。是非もなし!」
「いえ、ノッブで十分ですよ。せいぜい信長さんで結構です。あ、でも、それは私も思ってるんですよ、『沖田総司が女性―!?』って反応は期待してたっていうかなんて言うか」

 と言われても、と、士郎は首を傾げた。内心、驚きはしているのだ。ただ、彼のパートナーからして『アーサー王』であるのに『女性』である以上、『まあ、そんなこともあるか』程度には慣らされている。ついでに言えば、「聖杯戦争」も、冬木に限ったことではないことくらい、士郎は理解している。

「ま、それはいっか。えーとですね。そう、カルデア中見廻りの途中だったんですよ、私たち」
「はあ……」
「そしたらですね、なんか変な、モヤっとした、あからさまに怪しい異世界への入口めいた空間を発見しまして」
「で、ふらふらっと入って行ったんじゃこいつ。飛んで火にぶっ込んでいく虫のようじゃったの」
「ええ、で、その先がこちらでして……って、ノッブ。誰が蛾ですか誰が。刀の錆にしますよ」

 呵々大笑、「織田信長」を自称する少女は愉快気に笑い、「沖田総司」を自称する少女は腰の刀に手をかける。いや、沖田総司ってことはそれ菊一文字なんじゃ、とか思いながらも、士郎はある確信に到った。いや。それは実際「確信に限りなく近い強い推定」ではあるが、大して違いはない。

(遠坂ぁ……)

 そういうこと、である。彼女の壮大な、しかし結果としては無謀な「実験」の帰結がこの事態、なのだ。
 が、いまいち要領を得ないのが二人の返答である。どうも迷コンビのようであり、漫才的なやり取りは面白そうだが、現況の説明としては全く情報が不足している。

 もう少し詳しく聞き出さなくてはならない。そのためには、具体的な質問で解明していくのが良い。士郎はそう定めると、次の問いを発そうとして――。

「沖田さん、信長さん! もう、危ないかもしれないのにいきなり入っちゃって……あれ?」

 士郎はそこで、更にもう一人を目撃することになる。メガネをかけた、銀髪の少女――三人目の闖入者。

「あ、ど、どうも。マシュ・キリエライトと申します」

 ちょこん、と、これまた新選組の浅葱だんだら羽織を着用した、可愛らしい女性が、「靄」から上半身だけを出して、士郎へとお辞儀している。

(ま、予想はしてたけど、大事っぽいなこりゃ)

 衛宮邸は、それこそ来るもの拒まず、そして来た者にはできる限りゆったりのんびり楽しんでいただくことを主眼としている憩いの場、でもある。

 だが、それにしても、異界からまで訪問者が来てしまうほどとは、と。士郎は自邸のことながら、その特異さに苦笑を浮かべざるを得なかった。






     ※






 至極当然のこと、ではあるけれど。


 カルデアで生まれ、カルデアで育ち。その間に人理が焼却されてしまったのだから、自分には、「実体験」が少ない。
 見聞を広めるよう、できる限りのことはしてきていた。古今の著作を読み、知識学識を習得し、人類史を学ぶ。それはとても楽しくて、世界の広さを感じられたけれど、同時に「伝聞」に属する行為であるのは間違いない。

 そうこうしているうちに、わたしには「先輩」ができた。デミ・サーヴァントとして、先輩といっしょに、多くの出来事を体験してきた。
 どの一瞬をとっても――たとえ、痛くて、辛くて、苦しかった経験だったとしても――すべてがすべて、自分にとっては貴重な時間だった、と言っていい。

 けど、そう。まだ、体験していないことが、たくさんある。もっともっと、いろいろなことを、わたしは見て、聞いて、経験してみたい、と、いつも、そう考えている。

 それは、例えば――。




「――とっても、美味しい」

 出された麦茶を一口飲んで、わたしは、思わずそう口にしていた。この麦茶は、「麦茶」という存在の神髄を極めている一杯だ。隣にいる沖田さんと信長さんは、カルデアに居並ぶサーヴァントの間でもお茶に関して一家言あることにかけては双璧と言っていい存在で、わたしも二人によくお茶を振る舞われている。先輩にお出しするお茶の淹れ方研究も日々続けているから、この感想は大げさなものじゃないはずだ。ポット詰めにして、すぐに先輩に届けたいくらいである。

 続けて、お茶菓子を一口。たまたま試作の夏用ひんやりゼリー風和菓子があったとのことで、ひとり二つずつ出されているこれもまた――、

「美味しい……見た目もとってもオシャレで……すみません衛宮さん、後程作り方教えていただけませんかっ!」
「お、おう」

 と、少し激してしまうほどの美味しさ。たった一杯の麦茶とお菓子だけでここまで人を感動させることが出来るなんて、これもまた新しい経験、だろう。


 わたしと信長さん、沖田さんは、この武家屋敷の亭主である衛宮士郎さん(わたしたちの知っているとある方と出自が同じであるのではないか、と強く推定されるところ、それはそれとして)に招かれて、居間で歓待を受けていた。もっとも、衛宮さんからすれば、そんな大仰なもののつもりはないだろう。だけど、わたしがそう感じてしまうくらい――その麦茶とお茶菓子は、完璧だったのだ。

 既に、双方の事情は説明済み。衛宮さんの方の、とある「実験」。こちらの「聖杯戦争」――そして、わたしたちが、ここに来た顛末も。色々と、互いに衝撃的ではあったけれど、結果として起こっている現象からは、ただひとつの答えしか導かれない。

 次元を超えるパスが、出来上がった。
 特異点F――わたしたちの生きている世界とは、別の次元にある「冬木市」の「武家屋敷」と、カルデアとの通行門。それが、あの謎の「靄」の正体であった。

 それは、ドクター・ロマンの分析でも確かであるらしい。衛宮さんと私たちが鉢合わせた直後、慌て切ったドクターの通信が入り、その「靄」の正体と推定される現象についての説明は既に受けている。念のため、令呪で即帰還が可能と考えられるサーヴァントが先に出てきているから、先輩はお留守番、ということになっているのだけど――自分の感覚として、この世界とカルデアは、そう不安定な繋がりで結ばれているだけではない、気がする。うまく、説明は出来ないけれども。

 とにも、かくにも、こうして、「あり得ない」次元を超えた出逢いが、こうして「在る」というのは、大切にしなければならないこと、だと思う。

「にしても、遂に別の次元からな……」
「まあ、そういうこともあるわよね」
「遠坂が言うな」

 長年コンビを組んだ漫才師のように、衛宮さんと遠坂凛――フォーマルでクラフトで、アベレージなワンみたいな、黒髪をツーサイドアップに纏めた、きれいな人、である――二人のやり取りは当意即妙、テンポがいい。気が置けない仲、という言い回しがあるけれど、まさにこの二人こそそういう表現にぴったりだろう。自分も、先輩とそうありたい。そう、強く願う。

「でも、アニムスフィアねえ……なんの因果なんだか……」
「あはは、こちらからしたら『遠坂』というのも驚きですよ。まあ、それはそれとして」

 いつの間にか、ドクターも会話に参加している。ドクター曰く、カルデアから観測できるのは、あの「靄」の出口から周辺おおよそ五十米、と言ったところなのだとか。これからその範囲は広げられる可能性があるが、現状ドクターとの通信ができる範囲に居る必要がある以上、わたしたちの活動限界もその程度、ということになるだろう。

「もう一度確認させてほしい。君たちの世界では、冬木の聖杯戦争は第五次が終結した後、ということだね」
「ええ、そうなるわね」

 やはり、「冬木」は、どの次元でも聖杯戦争と所縁のある地であることは間違いない。パスができたのも、おそらく、そういった縁が関わっていることと無関係ではないだろう。

 それにしても。

「……、……」

 わたしは、ドクターと遠坂さん、衛宮さんとの会話に参加しなければならない立場。少なくとも、わたしは先輩の代理としてここに居る、そういうポジションにあると言っていい。

 だが、――ああ、修行が足りない。
 いや、経験が足りない、か、この場合。
 わたしは既に、ドクターと二人のやり取りから、完全に、別の方向に興味が向いてしまっていた。
 ある意味、早々にくつろぎモードに入っている信長さん、沖田さんに近いだろう。が、動機は違う。根本的に、違う。そう、断言できる。
 彼女たちは、きっと、馴染み過ぎているのだ。この場所、いや、この意匠に。だから、すんなりとリラックスできるのだろう。

 けど、わたしは――。

(畳。ちゃぶ台。テレビ……ブラウン管……いや、そのあとの世代、液晶テレビの黎明期かな)

 逆、なのだ。
 これまでの経験から、決して、「日常の世界」について無知、というわけではない。記録、資料からはたくさんその知識を得ているし、特に、両儀式さんと回ったマンションではたくさんの「一般的な住まい」を見てきた。ちょっと、歪んでたり、特殊だったりしたけれど。

 でも、ここは違う。
 初体験、なのだ。わたしに、とっての。

(光が入ってくる障子、その外の縁側、庇の下。キッチン、冷蔵庫、木でできた――家)

 そう、武家屋敷。純和風で一統されている意匠の、お宅。
 こんな経験が、できるなんて。
 生活が息づいている、平穏な地に、来ることが、できるなんて――。

「……マシュ、さん?」
「あ……」

 傍目から見れば、どう映っていただろうか。会話そっちのけで、色々なところに視線をやっていた自分は、さぞかし落ち着きが無いと思われ――、

「珍しいかな、ウチ」
「えっ、あ、いえ、そうじゃなくて……や、そうなんですけど……」

 けど、衛宮さんの反応は、違った。わたしがこの屋敷自体に興味を持っているのを、的確に見抜いていたようだった。

「もしよければ、案内するけど。せっかく来てくれたんだし」

 その証拠に、そんなことを申し出てくれている。
 そう言われれば、もう、断る理由などはなく

「よろしく、お願いします……!」

 わたしは間髪入れずに、そう答えていたのだった。




   ※




「お、セイバー」
「シロウ、ただいま戻りまし――、……」

 ドクターを交えた通信も終わり、「パスは安定しているから、滞在しても構わない」という許可をもらったわたしは、衛宮さんの案内のもと、彼の屋敷を案内してもらうことになった。そのために、廊下に出た直後のことであった。

 玄関から、金髪碧眼の女性が一人、家へと帰ってきたのは。

「貴女は……」
「――!」

 目が合った瞬間、わたしの心臓が、高鳴った。
 気のせいじゃない。

「わたし」は――この人を――。

「はじめまして、マシュ・キリエライトです」
「丁寧なあいさつ、痛み入ります。私は、アルトリア――この地では、セイバー、と、そう呼ばれています」

 丁寧に、お辞儀を交わす。互いに、初対面の挨拶。
 けれども、わたしは、確かに――初めて出会うはずなのに、既視感と、高揚感を、自分の中に感じてしまっていた。

「あ、あの。アルトリア、って、もしかして、衛宮さんが、先ほどおっしゃられていた……」
「うん。信じられないかもしれないけど、彼女がアーサー王、その人だ」

 信じられない、なんて、とんでもなかった。彼女は、アーサー王だ。何が確信させているのか、わからないけれど、間違いない。

 そして、彼女もまた、わたしのほうをじっと見つめている。
 その視線は、どこか、穏やかで。
 そのあとに浮かべた、柔らかい微笑みは、こちらがハッとしてしまうほどに、優しさに満ちたものだった。

「そう、ですか。しかし……」
「?」
「いえ。私から、何かを言うことはありません。彼らしい、と、そう言えるのは間違いないですが」
「え……」
「少し、余計なことを言いました。そうですね、彼が、認めたほどの人物。貴女はきっと、善き、優しき人なのでしょう」
「あ、ありがとう、ございます。そう思っていただけるよう、努力します……」
「ふふ。これからよろしくお願いしますね、マシュ。
 さてシロウ、事情を説明していただきたい。この屋敷に、彼女を含めてサーヴァントと思しき存在が3騎いることは知覚しています。何が起こっているのでしょうか」
「ん、了解。単純な話だけど、案内がてら、な」

 屋敷を移動しながら、衛宮さんからセイバーさんへの事情説明があり、その中で、わたしも彼女とやり取りをする。落ち着いていて、清澄なその声は、ただ会話しているだけでも、人に安堵の心を抱かせるだろう。
 彼女もまた、元サーヴァント。今は訳あって冬木の、衛宮邸の住人となっている、とのことだけど、かつて王であっただろう時代も、今も。彼女の清らかさは、きっと変わらない。

「しかし、災難な時期にやってきましたね。今日はまだ湿気が少なくてマシな方ではありますが、暑くはないですか?」
「あ、はい……それは、確かに」
「日本の夏は、非常に厳しいですからね。サーヴァントの身であれば多少は耐えられるのでしょうが、耐えられるだけで暑いものは暑い。できれば、半そでなどが――」

 アルトリアさん……いえ、この時代の呼称で言うと、セイバーさんは、そう言って、一瞬言葉を切った。
 気が張っていて今まであまり頓着していなかったけど、確かに、ここは暑い。カルデアは完全に空調が効いている環境で、外界は真冬極寒。夏、という季節自体になじみが薄いうえ、セイバーさんの言う通り、暑くてもそれが殊更影響することはないから、対策を取らなくても特段の問題はなさそうなものだけど、確かに、涼しければもっと心地よいのは確か。

 と。

「あの、セイバーさん?」
「――いい、とは思うのですが」
「?」

 言葉を切ったセイバーさんは、少し悲しげな表情で、わたしをまじまじと見ている。

「悲しいかな……」
「悲しいかな?」
「私の着衣では、貴女には合わないでしょうね……」
「……あ」

 言葉が、出ない。
 士郎さんは、首をかしげながらこちらのやり取りを見守っている。

「ああ、いえ。別に羨ましいとかそういうことでは決して。そうですね、綾子であれば貴女に近い体格ですし、きっと彼女もマシュを気に入るはずだ。後程、適当な夏の装束を貸してくれるように頼んでみましょう。
 ええ、私の着衣では、役不足ですから……」

 同じような内容を2度、セイバーさんは呟いている。
 その言葉に込められた思いは、あえて考えないようにした方がいいのだろう。

(それに、しても)

 わたしは、気を取り直して、衛宮さんの説明を聞きながら、周囲をじっくりゆっくりと観察する。

 夏の日差しは強いけれど、今日は爽やか、と言っていい気候。燦々とあふれる光が程よく取り込まれている衛宮邸は、やわらかな雰囲気に包まれている。

 踏みしめる木の床、その音。畳の香り。人が使っている部屋も、そうでない部屋からも、一様に感じられる、生活の息吹。きっと、この場所を使う人たちが、ここを愛している、ということ。ここに刻まれている想いが、伝わってくるようで。

「ここが風呂場だなー。えーと、順番とかは特に考えてないから、一番風呂は入ったもん勝ち、ってとこだな」
「ふふ。一緒に入るのもいいかもしれませんね、マシュ」
「そ、それはなんとも……恐れ多いことですね……」
「何を言うのです。女子同士ではありませんか」

 セイバーさんはご機嫌で、そんなことを言ってくる。初対面とは思えないほどに、どうやら彼女はわたしに親愛の情を向けてくれている、そのことが伝わってくる。

(あれ、でも。と、いうことは)

 そして、衛宮さんとセイバーさんから言われたことの意味を、ふと考える。

「そういうこともたまにはあるよな。あ、歯磨きセットとかは名前書いたラベルとか貼っておいてくれると助かるよ」
「柄でもわかるのですが、如何せん数が多いですから。洗濯も、ネットを使って個人のものを分けて頂ければ助かります」

 既に……なんだろう。完全に、「わたしもここを使うこと」を前提に話が進んでいないだろうか。

 でも、それは。
 もし、それが――叶うのだとしたら――。




   ※




 衛宮さんとセイバーさんによるお屋敷案内を終えて、再び居間へ。あとで庭もご案内しましょう、と語ってくれるセイバーさんは、わたしをとても気に入ってくれている……ような気がして、とても心地が良かった。衛宮さんも衛宮さんで、とても気さくな方のようで。

 ずっと、このお屋敷に入ってから、思い続けていたこと。この場の持つぬくもり、その源泉。人々が集い、生きている、その感覚は、カルデアに似ているものであり、けれども、確かに別個の価値だろう。穏やかさ、賑やかさ。喜びと楽しさ。今、このお屋敷には、人々のそんな感情が、生活が、息づいているのだ。

「って、おお!?」
「これは……先ほどから、3騎どころではなくなっている、と思ってはいましたが」
「あ、先輩。ドクターの許可、出たんですね」

 居間の扉を開けると、信長さんと沖田さんだけだったはずの居間に、更に複数のカルデア所属サーヴァントの皆さん、そして、わたしの先輩が来ていた。先輩は律儀にも、カルデア御用改め隊の隊服である羽織を着ていて、ひらひらとわたしに向けて手を振ってくれている。

「こりゃー今晩は晩飯考え直さないとなあ。流石にこれだけの人数は想定してないぞ」
「買い出しならお任せください、シロウ。メモさえあれば、確実に任務を遂行して見せます」
「おう、頼んだぞ」
「え、あ、あの」

 軽妙にやり取りする二人の会話に、わたしは慌てて入っていく。

「晩御飯、って、その、こちらで?」
「ん。食べて行かない?」
「あ、そ、それはうれしい、のですけど」
「と、そっか。いろいろ好みも聞いとかなきゃな、今後のこともあるし。マシュさんは、何か好きな料理あったりするのか? 中華なら遠坂が上手いし、和なら桜の味付けが最高だし、お好みに合わせて用意するけど」
「……」

 お風呂場でのやり取りでもそうだった、のだけど。
 もしかして。いや、もしかしなくても。

「ああ、でもあまり人数が多いと客間も足りなくなるかな。それは流石に厳しいけど」

 既に、わたしたちは、客人として扱われている、のではないだろうか。
 それは、単に偶然で始まった縁だけど。
 ここは、とても、心地よい場所で。
 来るものを拒まず、来たものを和ませるところ。
 それは、わたしの先輩にも似ていて。できるならば、ここで、ゆっくりと時を過ごしてみたい、と、そう強く思ってはいるのだけど。

「マシュさんたちさえ良ければ、いつでも来てくれて構わないからな」
「ええ、そうしてください。私達がそちらに行けるかどうかは、これから検討しなければいけないところですが」

 事もなげに、二人は、そんな言葉をわたしに向けてくれる。
 カルデアに、娯楽室、談話室のようなものがあれば、と、思ったこともあるわたし、だけど。まさか、こんなところで、こんな形で、そう成り得る場所ができるなんて。

「ありがとうございます、衛宮さん、セイバーさん!」



 そう。これが、「カルデア外郭福利厚生娯楽機関・衛宮邸」誕生の顛末、である。
 時に激しく、時に珍妙な戦いの中。衛宮邸はカルデア所属の全職員&サーヴァントにとって、かけがえのないオアシスとなったのであった。





 というわけで、FGO&Fateのアフターなクロスオーバーでございました。
 当初は親和性ないかな〜、と思ってたんですが、随分と気軽に原作のほうが
 レイシフトしまくってるもので……「あ、これならできるかな」と。
 そしてちょこちょこ言っていますが、今年のマチアソビで、マシュ嬢が
 ロープウェーアナウンスにて「カルデアにも娯楽室があれば」的なことを
 おっしゃっておられたのですよ。そこから着想を得て、強引ではありますが、
 カルデアの皆様にも衛宮邸を楽しんでいただこう……と、なったのでしたw

 第6章でいろいろ衝撃的な事実も明らかになりましたが、そのあたりはまだ
 判明していない時間軸、であります。ただ、ちょっと使ってみないと
 もったいないなあ、と、セイバーさんの反応に入れてみました。
 組ませたい、衛宮邸に来させたい人(サーヴァント)がたくさんいるので、
 こちらはこれからも続けたいシリーズですね〜。
 よろしければ、お付き合いいただけましたら幸いです!

 にしても、カルデアの背景ほしいなあHP素材用に……w


 それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>

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