仰げば尊し 我が師の恩
教えの庭にも はや幾年
思えばいと疾し この年月
今こそ別れめ いざ さらば
体育館に響く卒業曲を聴きながら、彼女は想う。
さて、自分の高校生活を振り返って、何が尊かった、と言えるだろうか、などと。
師の恩、それもそうだろう。高校生生活は「授業」の連続が基本になる。「業を授ける」のは教師であるのだから、ある程度身になった授業の師に関しては、尊し、と考えて間違いない。
(んー)
まあ、そういう一般論は置いておいて。
七咲逢の、人生唯一の高校生活。
その中で、「尊かったもの」。自分が、尊いと思えるもの。
それなりに、自分なりに、高校生活は謳歌してきた。友情、努力、栄冠――思い起こせば、キリはない。教えの庭に3年居て、それを「いと疾し」と思う程度には、充実した日々だった、と、そう断言できる。
だが、その中で最高のひとつを択べ、と言われたなら?
「ふふっ」
答えは、明らかだ。「特別」を、自分は手に入れた。輝日東高校での思い出、その中で、一番輝いているのは、「あの人」だ。
「やっぱり、そうだよね」
歌が終わり、生徒代表への証書授与が行われる中、彼女は確信を持って、結論を出した。自分の高校生活は、その一点だけでも、十分に胸を張れるものであったと――それが、仰ぎ見て「尊い」ことなのだ、と。
☆
「ああああ、終わっちゃううう」
「美也ちゃん、あの……、その、元気、出して……?」
「紗江ちゃああああああん!」
式が終わり、最後のホームルームを終えた後。そこかしこで、美しい友情が涙を巻き起こしている。そう、「尊い」といえば、彼女たちと育んだ絆も、同じことだろう。美也、そして紗江は、互いに抱き合いながら、その尊い日々を惜しんでいる。
「ううう……美也達、これからも友達だよね」
「うん、そうだよ。だから、泣かないで、ね?」
騒がしくも微笑ましい親友、慎ましやかでいつも穏やかな気持ちにさせてくれる親友。そんな二人の光景を、彼女はにこやかに見つめている。
「逢ちゃあああああん!!!」
そんな彼女に、矛先が向く。勢いよく抱きついてきた美也をしっかりと受け止めた彼女は、胸元に顔を押し付けて嗚咽する美也の頭を、そっと撫でた。
「ううう、逢ちゃああああん……」
こうして、制服で、教室で、皆と時間を共有するのも、今日この時が最後、である。人生のこのあと、同窓会等々色々あるのかもしれないが、この人数が欠けることなく一堂に会する機会があるとは、まず考えられない。美也は、心からそれを哀しんでいるのだ、と。彼女には、そのことが伝わっている。
自分もまた、同じ気持ち、と言える。きっと、紗江も、だ。この教室は、このメンバーは、得難いものであった。泣いているか、泣いていないかの差は、単に感情発露の程度問題だ。根底にあるものは、共有している。
卒業後も高校時代と等しく「近い距離」を保てる面子がどれだけいるのだろうか。……たった三年前、中学のころに通った道を思えば、明白だ。きっと、教室の中に居る大多数の級友とは、連絡も疎になり、ほとんど関わることが無くなることが多いだろう。
それは、避けようのない事実。「卒業」という「別れ」がもたらす、当然の作用。その残酷さを、無意識にでも悟っているからこそ、こうして涙しているのだ。
ただ――物事には、例外が在る。
仮に、「卒業」という別れを経てもなお、高校時代と同じ、限りなく近い、そんな親密さを保てる相手がいるのだとしたら。
「ふふ、よしよし」
「うう……ぐすっ……」
それは、この二人に他ならない。
半ば確信に近い気持ちで、逢はそう考えている。切っても切れない縁、というものが世にあるとするならば、それはきっと紗江と、美也と、逢の仲である、と。
「美也ちゃんに泣き顔は似合わないよ。ね、紗江ちゃん」
「うん、そう思う、な」
「……う……、そう、……そう、だよね」
美也は、二人の言葉を受け、涙を拭き、顔を上げる。
明朗快活を絵に描いたような少女は、すぐにその笑顔を取り戻す。
「そうだよ……紗江ちゃんともずっと友達だし、逢ちゃんはそのうち家族になるわけなんだし……これから、美也たちはこれからなんだ……!」
さらり、と、自分と「彼」のことを盛り込まれ、逢は苦笑する。とはいえ、美也の言う通りだ。高校で終わってしまう関係もあれば、これから創り上げていける仲もある。過去に向けた涙は仕舞って、未来に向けた笑顔を。それが、自分たち三人の、卒業に似合う表情、のはずである。
「よし! じゃあさっそく、卒業記念イベントの打ち合わせだね! 未来で逢おう、ファミレスで、ジョースターで!」
元気を取り戻した美也につられ、逢と紗江も笑顔を浮かべる。
これまでと、これからと。
変わらず続く「友情」を育めた時間に、感謝を捧げながら。
つづく
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