「それが何なのか知りたいんだよ、チカちゃん!」
「お、おう」


 木目調で統一された調度、柔らかい光彩。そんなシックな内装を持つカフェ・アーネンエルベ。冬のある日、午後三時を少し回った辺り、同店の店員である日比乃ひびきと桂木千鍵は、今日も今日とて労働に精を出している。

「あの美食家のセイバーさんが、あそこまで大絶賛する士郎さんの料理! 気になるなあ。絶対、何か奥義的なモノを持ってると思うんだよ……わたし、気になります!」
「そ、そうか……」

 そんな中、ひびきは千鍵相手に熱弁を振るっていた。きっかけは、少し前まで来店していたとあるお客様の言葉である。その人こそ、アーネンエルベの常客の一人にして稀代の剣客であり、立ち居振る舞いの優雅さやあふれ出る高潔な人格を感じさせることで、ひびきをも魅了してやまない、アルトリア・セイバーその人であった。

「うーん、何とか教えてもらえないかなあ……もっと美味しい料理が作れる気がするんだけど」
「今でも十分だと思うけどな」

 セイバーは今日も昼下がりにアーネンエルベに立ち寄ると、ティータイムセットで紅茶(ポット1杯)とパンケーキ(おかわり3枚)を食して行ったのだが、その時にひびきとの会話で出て来たのが、衛宮士郎の作る食事についての話題であった。
 ひびきの言う通り、セイバーは美食家である。その身体からは中々想像出来ないほど食べることがあったり、あるいは食事やおやつを前にしてそわそわすることがあったりすることから、大食の方に目が行きがちだが、その本質は「美味しいものを好んで食べる」というところにある。その舌は非常に信頼が置けるものであり、ひびきはセイバーに手放しでほめられるほどの料理の腕を持っている。

 今日も、彼女はパンケーキの味わいについてひびきを称賛したのだが、その際、ひびきの料理が勝るとも劣らない、と評された比較対象が衛宮士郎の料理、なのである。実はこれまでも似たような話はたびたび出てきていた。総合的に考えてみると、どうやら衛宮士郎氏の料理は相当なレベルにあるもの、と考えていいだろう。

「チカちゃん、人間は常に先を、常に成長を求めるんだよ! 現住に満足したら、そこで止まっちゃう……だから、わたしは士郎さんの料理を食べてみたい!」
「いや、ただ食べたいだけみたいなノリになってっぞ……でもま、分からないでもないか。確かに気にはなるよな、衛宮の料理。どれだけのものか……」
「でしょ? 気になる〜……気になるよう〜……」
「じゃ、行っちゃえばいーじゃん?」
「わひゃぁ!?」

 悩み顔を浮かべた直後、ひびきは背後から突然かけられた声に跳び上がる。

「す、スナオちゃん……びっくりしたなぁ……いつの間に……あ、いらっしゃいませ」
「うむ、来ていたぞ。で、今の話だけど……」
「あ、帰っていいぞー」
「って、おいおいおいおいおいおいおいおいおいそれが客に対する態度かねマイブラザー……お母さんが今のアンタを見たら泣くぜ?」
「誰がアンタの兄弟だって?」

 ひびきと千鍵が全く気付かないうちに、これもまた常連客の一人である須方スナオがアーネンエルベに来襲……いや、来店していた。絡み方からすると、どうやらひびきと千鍵が士郎に関しての話を始めた頃には、既に入店していたらしい。

「ふっ、人類皆兄弟……いや、それは置いといて。気になるなら、行って見てみるしかないんじゃない?」
「行く、って……士郎さんのおうち、に?」
「そうそう。それが一番っしょ。で、料理するところを見せてもらう。正面突破、それこそが正義……気になるなら、ドーンと行って来い!」
「単細胞……」
「あんだと?」
「おっと」

 正面突破か、と、ひびきは千鍵とスナオの戦争状態を無視し、沈思に入った。

「『お、彼の衛宮邸に行かれる? あの、綺羅星の如きハイパー・メガ・美少女が多数参集すると言われる、某彩○町の結○リ○邸と共に【現代に残る最後のハレム】とさえ称されるあの衛宮士郎邸に? とすれば是非この不肖ケータイさんも記録媒体としてお供に』」
「黙れ、しゃべるわいせつ物」
「『ひでぶ!』」

 千鍵はガヤガヤと囃し立てたガラケーのヒンジを再起不能に陥れつつ、スナオと会話を続けている。そんな賑やかな光景の中で、ひびきは遂に決意したのだ。

「正面突破……してみよう!」

 そう、正々堂々、正門から。
 迷惑になるかもしれないけど。でも、あの士郎さんなら、きっと笑って迎え入れてくれるんじゃないだろうか。
 単なる思い付きだが、しかし何故か、その感覚はある種、確信に近い。そうさせる何かが、衛宮士郎には、そして、未だ見ぬ衛宮邸にはあるようだった。






「ここが、士郎さんの……」
「立派だなオイ」


 そして、十日後。ひびきと千鍵の二人は、冬木市深山に在る衛宮士郎邸の前に立っていた。ひびきは、更なる己が料理の腕の向上のため、セイバーが再来店した際に連絡先を聞き、その後、清水の舞台から飛び降りる程の心構えで衛宮士郎に「ぜひぜひ後学のために、料理するところを見せて欲しい」と申し入れたのである。すると――

「あ、いいよ。日比乃さん、と……あ、どうせなら桂木さんや他の人も誘ってきたらどうかな」

 と、至極あっさり、それも同行者込みでの快諾を得ることが出来たのである。ケータイさんは千鍵が同行を拒否し、スナオに到っては「彼の地の天文が悪い」「ちょっと用事が」「天敵の香りがして」などと理由を語ってやんわりと断ったため、結局二人で行くことになったのだが、何人もの客人をなんでもないかのように受け入れる士郎の度量に、ひびきは感服したものだった。やはり、スナオの助言が正しかったのである。

「押すよ、チカちゃん……!」
「ん」

 震える指で、ひびきは衛宮邸のインターホンを押そうとする。 
 と、

「あら、来てたの?」
「り、凛さん!?」
「あ、ども」

 呼び鈴まであと数センチ、というところで、二人は屋敷の門から出て来た遠坂凛に声をかけられた。

「聞いてるわよ、衛宮くんから。どうぞ、入って」
「お、お邪魔します!」
「失礼しまーす」

 その凛に誘われ、二人は衛宮邸の敷地に入った。

「衛宮くんなら買い出しに行ってるわ。セイバーも河原掃除のボランティアからまだ戻ってきてないのよね。ま、二人とももうすぐ帰って来ると思うけど」
「なるほど……」

 とすると、この家のメイン住人である二人が留守、ということになる。だが、衛宮邸は全く戸締りがされているという様子はなく、現に、半分家人のようなものだが、一応は客人に当たるであろう遠坂凛が留守番のようなことをしている。

「ああ……そういや、気にすることもなくなったわね、そんなこと」
「そうなんですか」
「ええ。ま、アイツの家だしね。そうなるのも当然っていうか」

 そのことを凛に聞いてみると、それが日常、との回答が返ってきた。どうやら、この家は相当にオープンな場所らしい。恐らく、家主である士郎の性格と、この家が放っているように感じられる、なんとなく安らげる雰囲気がそうさせているのだろう。

「桜ー。お茶ふたつ用意してあげてー」
「はい、姉さん」

 戸をくぐり、玄関に入ると、凛が家の奥にそう声をかけた。姉さん、と返したのは、間桐桜であろう。

「さ、上がって」
「はい。お邪魔します!」
「お邪魔しまっす」

 二人は凛に促され、靴を脱いで揃え、スリッパを履いて衛宮邸の母屋へと上がった。案内されたのは、玄関からほど誓い、その居間である。

(わぁ……)

 その居間は、何の変哲もない、どこにでもあるような居間……に、見える。そこそこ広々としていて、隣接する台所もかなり立派、という意味では一般家庭より優れた場所、と言えるかもしれないが、そこに特別なものは置かれていない。

 だが、居間に一歩足を踏み入れた瞬間、ひびきが衛宮邸の敷地に入ってから何となく感じ続けていたことが、より強く感じられるようになった。
「この家は、皆が集い、楽しく過ごせる場所なんだ」、と。まだ衛宮邸に来て何分も経っていないのに、ひびきはそう確信していた。

「お二人とも、いらっしゃいませ。どうぞゆっくりして行ってくださいね。あ、姉さん、お茶入りました」
「ん、サンキュ。さ、座って座って」

 ひびきと千鍵は桜と挨拶を交わし、凛に促されるままに座布団へと腰を下ろした。単なる座布団の筈なのに、この座り心地の良さはなんだろう。直後、凛に出された茶の香りが、更に二人の心をリラックスさせてくれる。

「……いや、すげーなここは」
「チカちゃんもそう思う?」
「ああ。アーネンエルベも大概だと思ってたけど、ここは……またなんか、違うな。はじめて来た筈なのに……」

 千鍵の言いたいことが、ひびきには何となくわかる。人々が来店し、時間を過ごすのが本来の在り方と言える、喫茶店であるアーネンエルベならともかく、ただの一般家庭である衛宮邸がここまで客人に心地よい場所なのか、ということに、やや戸惑っているのだろう。

 だが、さもありなん。あのセイバー、そして士郎なら。そう思わせる何かが、あの二人にはある。もしかしたら――その理由の一端は、士郎の料理にあるのではないか、と。
 ひびきはそんなことを考え、更に学びの心を強くしたのであった。






「いやー、待たせてごめん。ギリギリで材料足りないって気がついてさ」


 そうして、二人が衛宮邸に入ってからおよそ四半刻。遂に、主人が家に戻ってきた。衛宮士郎、その人である。

「お邪魔してます! あの、今日はよろしくお願いします!」
「あはは、こちらこそ。手伝ってくれるんだっけ? 助かるよ」
「は、はい!」

 挨拶を追えると、材料が入っていると思しきビニール袋を片手に、士郎は台所へと入って行く。

「じゃ、もう始めるか。日比乃さん、いいかな? 時間としてはちょっと早いけど」
「いえ、大丈夫です!」
「了解―」

 士郎の申し出を受け、ひびきは立ち上がると、手持ちの鞄からエプロンを取り出し、身に付けて台所へと入って行った。

「えーと、ここに調味料が入ってて……器具類はそっちの引き出し二段に大体入ってるから、必要に応じて使ってくれていいよ」
「食器はこの棚ですね。えーと、あとなにかあったかな……」
「ま、必要があればその時、かな。桜、大根の具合はどう?」
「いつでも料理出来るようになってます」
「オーケーオーケー。じゃ、始めますか」

 そして、遂に晩御飯の準備が始まった。
 さあ、士郎はどんな匠の技を魅せてくれるのだろう。今日は、その技を見、あわよくば、習得するために来たのである。ここから先は一分の油断も赦されない――と。ひびきは、改めて気合を入れ直した。






 普段からアーネンエルベで見ていることだが、こうして別の場所で改めて客観的に見ると、ひびきは本当によく動き、実によく働く。そしてその姿は、なんとも可愛らしい限りである。

(いやー……ここは極楽、か……?)

 そんなひびきの姿を眺めつつ、深い味わいの茶を楽しみつつ、茶菓子をかじりながら、身体の力を抜いて過ごすことが出来る。しかも、どうやらこの家では明確に役割分担が為されているらしく、台所で甲斐甲斐しく働く人間以外がぐーたらしていても、基本的に全く意に介されないようだ。現に、それで千鍵が良心の呵責を覚えることもない。横には同じく居間のちゃぶ台に向かって何やら難しそうな英字本を広げている眼鏡の遠坂凛が居るし、先程帰ってきたイリヤスフィールは、庭でリーゼリットと全力のキャッチボールをしている。

(あー……ここになら住んでいいかもなー……)

 と、千鍵をして思わせる程の居心地の良さである。これは、尋常なことではない、と言っていいだろう。

「唯今戻りました」
「あ、お邪魔してまーす」
「がおー!」

 そんな居心地の良さを千鍵が存分に堪能していると、ジャージ姿のセイバーが帰って来た。家人の話では、河原清掃のボランティアを子供たちと一緒にこなしていたようである。傍らには、セイバーライオン。着ぐるみを着たセイバーの妹にしか見えないが、あれで立派な生物なのだから凄い……いや、何が凄いのかは分からないが、とにかく圧倒的存在感であることは間違いない。

「がう、がう」

 セイバーライオンは誰にでもよくなつくので、のべー、と机に身体を預けている千鍵に近寄り、頬をすりつけたり腰を撫でてみたりしている。セイバーが店に来た折に同行していたことがあるため初対面ではないが、珍しい客人に興味を示している、のだろうか。いずれにせよ、じゃれつかれても全く気にならず、寧ろ心地よいくらいである。そのあたり、とある喋る電子機器とは正反対の存在とも言える。

「ふう……やはり、家は落ち着きますね」

 一度居間から出ていったセイバーが、私服に着替えて居間へと戻ってきた。背筋を伸ばしてきちんと座る様は、千鍵にはちょっと真似出来そうにない。

「ふふ」
「? どうしました?」
「いえ、セイバーライオンがよくなついているな、と」
「ああ……」

 無意識のうちに、千鍵の右手はセイバーライオンのたてがみを撫でていた。その行為に反応したのかどうか、セイバーライオンは大人しくなって、千鍵にもたれたままリラックスした表情を浮かべている。

(なんだろうな、……ここは、本当に……)

 玄関が開く音がする。また、新たな客人が来たのだろう。だが、もう千鍵は不思議には思わない。ここは、特別な場所ではないけれど、特別な場所。矛盾するようだが、そんな表現が正しいだろう。衛宮邸、恐るべし。ここはきっと、これからも永く皆の安住の地であり続けるだろう。千鍵はそんなことを想いつつ、ひびきを眺めながら、欠伸をひとつした。






(……うーん)


 その頃、台所のひびきは戸惑いの中に在った。

(別に、何も特別なことはしてない、……よね?)

 美食王・セイバーが大絶賛する衛宮士郎の料理。だが、料理をはじめてからしばらく経った現在に到るまで、ひびきの目が正しければ「奥義らしき」モノは一切ない。

「あ、日比乃さん、その鍋に調味料加えといてくれるかな」
「は、はい!」

 作業の合間に、ちらちらと士郎の方を見学させてもらってはいるのだが。士郎は、ひとつひとつの工程を非常に丁寧に行い、着実に晩御飯完成を目指す道を踏みしめて行っている、ひびきに分かるのは、ただそれだけであった。

(丁寧……丁寧、……?)

 ふと、ひびきは士郎の料理を見ていて、何かを悟った気がした。確かに、「丁寧に料理を作る」というのは、基本中の基本と言えるだろう……だが、普段、自分はその丁寧さを全行程、意識して出来ている、だろうか?

(……出来ているとは、言えないかな……?)

 例えば、調味料の投入や材料の計量に関しては、ある程度厳密であることが多い。ただ、炒める時のフライパンの動きや、調味料の投入の仕方等々――慣れに任せてやっている工程がない、とは言えない。

 その点、士郎の作業はどれを取っても集中力と基礎の動きが徹底されている。それを積み重ねた結果である料理は、間違いなく美味しいものになるだろう。

(もしかしたら、それがひとつ、なのかも……)

 理由の一端は、どうやらそこにあるらしい。その辺り、自分の料理作成時にもフィードバック出来ることだろう。是非、心がけて行きたい――と、ひびきはそう思った。

 ただ、確かに、それで美味しい料理は出来ると思う。でも、それは大きな違い、とは言えない気がする。
 ひびきは、時に技巧を凝らし、料理に決して矛盾しないような工夫を盛り込んで美味を演出することもある。そうした類の評価を積み重ねて「美味しい料理が作れる店員」との評価を確立してきているわけだが、そうした「工夫」に代表される「特別」を加える作業は、未だ目にしていないのだ。

 既に、料理はほとんど完成している。ごはんももうじき炊き上がるし、一汁三菜プラスアルファ(ただし、人数に比べて分量が多いので、恐らくおかわりを前提にしているのだろう)のおかずやお味噌汁も出来上がり寸前だ。


 さて、一体、何を以てあのセイバーさんに「シロウは最高の料理者」と言い切らせているのだろうか。
 その決定的な理由は結局、台所では最後まで見出せなかったひびきであった。






「おお……!」
「がお!」


 横に並んだセイバーとセイバーライオンが、目を輝かせる。本日の献立は、ごはんに豆腐とわかめのお味噌汁、肉じゃが、うなぎときゅうりの酢の物、お漬物が三種、サラダ、冷奴、ふかし大根の味噌和え、そして煮込みハンバーグ、である。あと、この後にデザートとしてフルーツやゼリーが用意してあるのもひびきは知っている。

「おかわりはたくさんあるからなー。どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」

 料理を終えた士郎、桜、ひびきも席に戻り、今日衛宮邸に集まっている人々で食卓を囲む。最高の居心地を誇る衛宮邸居間で頂く、丁寧に作られた食事――それを味わう、というのは、非常に贅沢なことに思える。

 士郎とセイバーはもちろん、セイバーライオン、凛、桜、イリヤ、セラ&リズ、大河、更にごはんが出来るか出来ないか、という段階で家に上がってきた銀髪のシスターに長身の女性、と、食卓を囲む人々は多士済々と言う言葉では済ませられないものがある。聞けば、更に人が増えたり入れ替わったりすることも日常茶飯事だそうで、臨時で折りたたみの食卓を用意したりすることもあるのだとか。賑やかさが絶えない家であることは間違いないようだ。

 ひびきもまた、手をあわせて「いただきます」を唱え、早速味噌汁から口をつけてみた。
 すると――

(美味しい……え、味見した時より、ずっと……?)

 その優しい味と温もりが、全身に広がって行くようである。料理という労働を終え、疲れた体に効いているというのもある。しかし、もっと別の何かが作用している、そんな気がする。

 他の料理にしても同じだった。台所で味見している段階でも十分美味しかったのに、更に味わい深く、ひとつひとつが忘れられない料理になっているかのようだ。

「美味いな……凄い。ほんっと美味い」

 千鍵も、そんな感想を呟きつつ食べている。ひびきも全く同感だった。
 さて、一体どうしたことか。ひびきは、今日の料理に関しては、その全行程に関わっている。当然、注意深く士郎の料理を見守っていたつもりなのだが……。

「……あ」

 少し首をひねり、料理に向けていた顔を上げたひびきは、しかし、その時、悟ることになった。

(こういうこと、なんだ……)

 それは、少し前に千鍵が感嘆していたのと同じことだった。
 ひびきの視界には、和気あいあいとした、楽しい食卓がある。ある者は料理に舌鼓を打ち、ある者は談笑に花を咲かせる。衛宮邸の居間が持つ、その雰囲気――それが、もともと美味しい料理を、更に美味しく感じさせてくれているのではないだろうか。

「今日はお疲れ様。ありがとうな、こっちも助かったよ」

 そんなひびきに、士郎が歩み寄って、声をかけてくれた。

「いえ、こちらこそ! とても参考になりました!」
「そうか? なら良かった。またいつでも来てくれよな。こっちも、たまには喫茶店に顔を出すようにするよ」
「はい! 是非お願いしますっ!」


 そう。そうなのだ。セイバーをして、大絶賛を惜しまない衛宮士郎の料理。その神髄とは――つまり――






「愛、なんだよ!」
「お、おう」


 ひびきと千鍵が衛宮邸を訪れた、次の勤務日。いつものように、アーネンエルベ午後のシフトに入っていた二人は、例によって勤労に励みながら、時折話に花を咲かせていた。今日はもちろんのこと、衛宮邸での出来事が話題に上る。

 そう、愛。一言で表せるとすれば、そうなるだろう。衛宮士郎という亭主が己が屋敷に体現した、そして、料理に注ぎ込む「愛」――これこそ、士郎の料理をして至高と感じさせる一番の要因なのだ、と、ひびきは得心していた。料理自体は、そこまで特殊ではないのだ。むしろ、美味しいとはいえ、普通の料理と言えるだろう。だが、それを味わう側の心持が、味わう人々への士郎の想いが、料理に反映され、更に美味しく感じさせているのだ――。

「いやー、ロマンチックだねえ。そうか、愛かー。じゃ、タバスコも愛を以てかければ、誰にでも通用する最高の調味料になるんじゃ……」
「いや、ならねぇよ」

 スナオの感嘆と思い付きを、即座に千鍵が叩き伏せる。そんな二人を余所に、自身をつけたひびきは腕を組んで胸を張った。

「ふふふ……ある意味、それが『奥義』だったんだよ〜。アーネンエルベを心から安らげるところにして、お客様ひとりひとりに対して、丁寧に愛を籠めて料理を作る、その基礎中の基礎こそが、料理を更に引き立てる……うん、とっても勉強になったと思う!」
「そういうもんかねえ……」

 ひびきが言うならそうか、と、千鍵は呟いた。

「じゃ、今日のおススメひとつ握ってもらうかな!」
「お寿司はやってないけど、ランチなら出すよスナオちゃん!」
「ベネ、それで行こう!」

 ひびきは腕まくりして、スナオの注文に応えるべく厨房へと向かう。その直後、入口の鐘が鳴り、客の来店があったことを千鍵に伝えた。

「らっしゃーい……お」
「や。先日はどうも」
「お邪魔しますね、千鍵、スナオ」

 来客は、他でもない、衛宮士郎とセイバー、であった。ひびきにとってみれば、その「愛」を実践して見せる最高の機会が到来した、と言えるかもしれない。

(愛、なー)

 千鍵は二人を窓際の席に案内しつつ、おしぼりとお冷やを用意しにカウンターへと戻る。
 さて。その「愛が籠った」料理。自分も後で堪能させてもらえるであろうか。
 それが、「普遍」に留まらず、「特別」であれば、尚嬉しいな、なんて。
 そんなことを考えながら。






 なお、余談ながら。



「『ふふふふふ……ふはははははは! いやあやはり衛宮邸は最高ですねこの美人度この美少女群! 嗚呼素晴らしい、あなすばら、ディ・モールト・ベネ! また是非お二人にはあの家に行ってもらわないと……ははは……HAHAHAHAHA!』」


 密かに、一番得をしたのは――こっそり千鍵の服にもぐりこみ、衛宮邸にて数多の美少女を多数隠密激写した、インテリジェント・ケータイであったのかもしれない。
 無論のこと、この台詞を発した後数分で、気配を察知した千鍵にへし折られ、中身を抹消されることになるのであるが。







 というわけで、型月系C85小説パート、お送りしました。もうちとセイバーさんの感慨を分厚くすりゃよかったなあ、と後で思いましたが、今回は「衛宮士郎邸の心地良さとセイバー嬢をも唸らせるその食事の美味さについて」に関する論文みたいなもの、ということでひとつ……w

 このSSに関しては、実はひびちかがこの世に爆誕してからそう時間経ってない頃に構想が出来ていたりしました。ただ、どちらかというと「あたたかさ」を感じさせたいネタなので、夏コミでやるのはちょっとなー、と思っていたところ、当サークルが冬コミに全然当たらなくなってしまったこともあり、このタイミングまで引っ張ることになったのです……w

 型月世界横断系ヒロインズとしてその地位を確立した感のあるひびちか嬢と彼女たちを取り巻く人々(とメカ)ですが、色々と絡ませやすいので重宝することしきりだったりします。こと「日常」に関する場面で出しやすいんですよねー。アーネンエルベという地が型月系な人々の楽園、というイメージも手伝っているのでしょう。初めてメインとして扱ったキャラクターなので、上手く書けているか不安でありますが、楽しんで頂ければ幸いですw

 さて、そろそろガチの士剣も書かねば、という衝動も高まっておりますので、そろそろ行きたいところですねw ここまでお読み頂きましてありがとうございました!
 皆さまよいお年を。来年もよろしくお願いいたします<(_ _)>

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