「あ、士郎ー。ちょっと待ってー。」
ズザザー!!と、上がるはずのない土煙を上げて、我が義姉藤ねえが目の前に現れたのは、もうじき空も茜色に染まろうかという夕刻のこと。新入生の歓迎会も終わり、後は生徒会に用事を残すだけ、といったタイミング。さて、我らの藤ねえがこんなタイミングで声をかけてくるとき、八割方は碌な事項ではないのだが………。
「ん、何?」
「えーと、恒例のお花見なんだけどね。確かまだ士郎には言ってなかったなーって」
「ああ、なるほど。そういや、まだ聞いてなかったなー。で、何時なんだ?」
「明日」
「……………………は?」
今日の日付は4月7日、よって明日は4月8日である。それはいい。そりゃ、確かに明日はオリエンテーションだけの日だし放課後はヒマなのだが、夜はバイトがあったりしてこちらもそれなりに忙しい。そう唐突に言われてもちょっと困るのだが。
「ちょっと待った。何でそんな急転直下電撃作戦みたいな決まり方するんだよ。そっちだって準備あるだろう」
「え? 急じゃないわよ。日付自体は2週間前には決まってたかな?」
「………尚更なんだが。ならもっと先に言っといて欲しかったんだけど」
毎年恒例の藤村組桜鑑賞会。設営か料理か、毎年どちらかの一部作業を俺が担って、そこそこのバイト代を頂くことになっていたりする。そんなわけで、例年ならそれがある日にバイトなどは入れないのだが……。
「んー、そうなんだけどね。ほら、毎年士郎の方から聞いてきてたじゃない。何時あるんだ、バイトの都合もあるから早めに言ってくれー、って。今年は聞かれなかったから、すっかり忘れてたのよ。
でも、バイトなら大丈夫よ?もうオトコには連絡入れといたからー♪」
「………………な」
人のバイト日程を簡単に弄ってくれるな、藤ねえ。まあ、この際それはいいだろう。多分大量の酒注文と代償にこっちのシフトを変えさせたんだろうし、そんなことがこれまで無かったわけじゃない。
それにしても――――――
「………そういや、そうだな。何で聞いとかなかったんだろ」
毎年恒例の行事、しかもその後は楽しい宴会付だ。今年だって、決してあるのを忘れてたわけではないのだが―――――
「―――ま、いっか。そこまで手が回ってるなら何とかするよ。桜とかも誘っていいか?」
「ええいいわよ。桜ちゃんでも遠坂さんでもどーんと来い! イリヤちゃんももう来るって決まってるし。来るもの拒まず、去るものは場合に拠るのが藤村組だからねー。
それじゃ、ざっと10人前ほどよろしくっ!」
「おう。任せとけー」
言うだけ言って、ロケットタイガーは再び職員室に飛び去っていく。うむ。実はアレで早歩きな辺り、魔術も使ってない一般人としては驚異的だ。
「………さて」
夕食の準備までは幾許も無い。さっさと生徒会に顔を出して、新年度の挨拶を済ましてくるとしよう。
それに、しても。
何だって俺は、そんなことを忘れていたんだろう?
「先輩、出し巻きも入れちゃっていいですか?お酒のアテが弱いと思いますので。」
「ああ問題ない。じゃあ卵追加しとこう。主食はなんだっけ?」
「そうですね、おにぎりがメインです。味付け海苔もお願いしますね。」
「了解。ちょっと重めの具が多いと助かるな。」
「はい、任されました♪」
コチ、コチ、と、テレビをつけていないと時計の音がやけに響く。騒がしかった食卓もひと段落、桜と二人で翌日の献立立案会議が開催されている。
と言っても、今回は桜に全面的に任せてある。俺がやっているのはちょっとした口出しだけで、明日の放課後に買出しがメインの仕事だ。桜も明日の昼は弓道部の用事がまだ忙しいはずだし、そのくらいが丁度いい。
それに。きっと、俺が考えれば――――
「…………」
「? 先輩、どうかなさいましたか?」
「え、ああ、悪い。ボーっとしてた」
“それに”、なんだったのだか。まあ、大したことも無いだろうから気にすることはない。其処はとりあえず置いといて。
「遠坂も手伝ってくれるんだっけ?」
「はい。姉さんは中華で参戦だそうです」
桜と遠坂が姉妹で、しかも桜が間桐で魔術に関っていた知ったのは聖杯戦争も終わってすぐのことだ。遠坂のところに魔術鍛錬に言った時、ふっと漏らされた言葉。
「もう、隠しておく必要も無いと思ったのよ」
遠坂の口から語られた間桐、遠坂、アインツベルンを繋ぐ聖杯の経緯。「聖杯戦争」無き今、間桐の家は桜が切り盛りしているらしく(一応は最長老であった臓硯翁がボケたらしい)、無用の化かし合いを行う必要も無いのだろう。そう呟いた遠坂の顔は、どこかホッとして、そして嬉しそうに見えたものだ。
そんなわけで、桜もあっさりと認めてくれた。……桜が養子に出た裏に何があったかはわからない。だけど、桜と遠坂が目に見えて仲良くなっているのは、とても良いことだと思っている。
「即答だったもんなー。桜が行くかどうか聞いたときさ……」
「そうですね。きっと、これまで皆でお花見なんてしたことが無かったんですよ」
くす、と笑いながら言う桜は、本当におかしそうだ。まあ、こっちもあの時は面白かった。咄嗟に地が出たのかは分からないが、桜に誘われたのが余程嬉しかったのだろう。あんなに分かりやすい反応をした遠坂も珍しい。
だが、遠坂のことを言うなら、桜だって同じはずだ。魔術師の家系とはそういうもの。それこそ、正規の魔術師家系に育っていなかった自分が推し量れるものではない。
だからこそ、こうして何の気兼ね無しに皆と楽しめる時間を得られたのだから、それは素直に喜ぶべきだと、そう思う。
――――――そして。
同じことを。俺は、いつか――――――
「こんなところでしょうか?皆さんよくお食べになりますから、まだ心許ないくらいなんですけど…………先輩? あの、どうかなさいましたか? さっきから…………」
「ん? あ、ああ、なんでもない。いや、作るのは俺だけじゃないからな。藤村の若衆は料理達者が多いし、量的には多分問題ない」
「あ、は、はい。じゃあ、これで行きましょう。明日ははりきって作りますね♪」
そう腕撫す桜。うん、何にせよやる気があるのは良いことだと思う。弓道部でも責任ある立場になることだし、少しずつ頼もしくなっていく後輩が、どこか眩しい。
―――――と、
「あ、もうこんな時間ですね……」
ぽーん、と、居間の時計が9時を知らせる。なるほど、確かにちょっと遅めだ。女の子の一人歩きは宜しくないし、今日は俺が送っていくことにしよう。
「先輩、それじゃ買出しお願いしますね。弓道部の用事もなるべく早く終わらせますから」
「ん。任された。送ってくよ、桜」
「え、そんな、大丈夫ですよ先輩、わざわざ……」
「いいって。丁度いい散歩になるしな」
こういう時は問答無用に限る。わたわたしている桜より先に居間を出て、玄関へ。
「せ、先輩! 待ってください!」
「ん、先に外で待ってるぞー。」
「そうじゃなくてですね、あ、もう……」
桜が玄関に到達する辺り、さっさと外に出て心地良い夜気に当たる。この時期、夜の散歩は少し冷えるが、それでもすっきりするには丁度良いくらいだ。
「………ん?」
ふと、自分の考えたことに違和感を覚えた。どうしてここで、すっきりなんていう単語が…………
「お待たせしました」
幸い、悩む間も無かった。門から出てきた桜が鍵をかけ、少し先に居た俺に追いついてくる。
「鍵、ありがとうな。それじゃ、行こうか」
「はい。わざわざすみません、先輩」
少し照れくさくて、いいって、と返す。まあ、別に気にしてもらうことでもない。丁度いい散歩の時間が取れた。そのついでに送っていけるのだから、どちらにとってもいい話。
他愛ない話をして、夜道を行く。
そんな中で、何故か。夜桜だけは、正視することが出来なかった。
そこに誰も居ないことは、昔よく遊んだから良く知っていた。
藤ねえとかとやるかくれんぼでは結構使った場所だ。隠れられるし、しかも、空を眺めていられる。遠くを見ているのは嫌いじゃない。だから、そんな隠れ家は密かにお気に入りだった。
この季節には、桜も楽しめる。それは今も同じ、昔よりちょっと近くなった夜空を見上げ、輝く星と舞い散る桜に、身を委ねている。
「………綺麗、だな………」
そう、これほど幽玄で美しい光景も無いだろう。闇には桜の色が映える。勿論、星の瞬きも月の輝きも同じ。桜の輪の中に夜景が閉じ込められているようで、心まで洗われそうな光景。
花見の最中、ちょっと一人になりたくて、抜け出してきた。藤ねえを中心とした喧騒も、今は遠い。この光景を独り占めしているのだ、と思うと、どこか―――――――
――――――――どこか。
見えない何かに、ヒビが入った気がした。
「――――――――」
聞かなかった、花見のこと。
献立を考える時も、案を出さず。
夜気に当たって、どこか、すっきりしたあの時。
夜桜を見て、逃げ出したくなった瞬間。
一体俺は、何を―――――?
今、桜の花を独り占めしている。きっと、この土地で、春の景色が一番美しいと、そう謳われてきたのはこの花のおかげだ。
春が来れば、と。何かの間違いでも、奇跡でも、それこそ、どんな理由でも、良かったんだ。
「や、めろ」
そう思っていた。その時、側に居てくれたなら。きっと、もう、絶対に越せないと諦めていた冬を、一緒に越えられたなら。
「―――――――――やめて、くれ」
だから、そう。
“一緒にこの花が見られたなら。”
彼女が側に居てくれる証になる、と。
そう考えたコトが、無かったとでも、言えるのだろうか。
「、…………あ」
セイバーに、逢いたい。
セイバーと、一緒に見たい。
俺がしたかったのは、この景色を独り占めすることなんかじゃなくて、――――――――――
かつて願ったのは、たったそれだけのことだった。
一番綺麗な景色を、ただ当たり前のように。
ここは秘密の場所なんだ、と、つまらない自慢なんかをして。
共に見ることが出来たのならば。
それは、どんなに、――――――――――
「もう、いい、から、…………」
ほんの少しだけ、入ったヒビ。大事に、大事に仕舞い込んでいたはずの、それが、少しだけ、声を上げている。
出てきて欲しくなかった。こうなるなんて、わかりきっていたんだから。
だから、止めて、って、そう言ったのに。
………否定したって、きっと無駄。
そう願うことを永遠に。
衛宮士郎という男は、嘘でしか、隠せないんだから。
とす、と、草に腰を下ろした。
そのまま、声も出さずに、月を、星を見上げる。
そうしないと、何かが零れそうで。
きっとそれが溢れれば、もう、隠しておくことも、誤魔化すことも出来ないと、知っていたから。
遠く、星が輝いている。
いつか、願ったこと。
今も、想っていること。
永遠に手が届かない星でも、いつか。
届くと信じ続ければ、腕に抱くコトが、出来るのだろうか………?
過ごした日々が、駆け巡る。
どれだけ否定しようが、それが衛宮士郎という男にとっての全てだった。
共に、こうして並んで座って居たい。
そう願わなかったと、嘘をつくことでしか、結局自分を守れないと、知っている。
だから、今も。結局、そうやって嘘をつくしか、しょうがないじゃないか。
「―――――――――――――――セイバー」
ひとつ、声を出した。
それで、帰ってくれ、と。
ヒビから垣間見えた自分に、頭を下げる。
一緒に、桜を見たかった人の名前。
そんなことはない、と。
これからも否定し続ける未来に、贖罪を籠めて。
――――――――精一杯の強がりを、口にした。
少しずつ。大きなひび割れを、ブリキで塞ぎながら。
「士郎? 士郎ー?」
どれくらいの時間が経ったのか、分からない。
すこし離れたところで、遠坂の呼ぶ声がした。
なら、行かないと。
「………………―――――」
幸い、それが溢れることはなかった。
ならば、良い。今のことは、忘れられる。
「士郎ー? もう、どこ行ったのよ……」
これ以上、心配をかけるのも良くないだろう。
だから、帰らないと。今はもう、大丈夫なんだから。
「ここだ、遠坂。今行くから待っててくれ」
本当にいつもどおり、そう声を出した。
気付いてはいけない何かを、そっと底に沈めて、その場を後にする。
―――――――いつか。
この願いを認めてやれる時が来ると、言い聞かせて。
………………本邦初公開、衛宮士郎だけにスポットを当てたシリアスネタ。ごめんよセイバーさん………………!!!(平謝)
はい。そんなわけでシリアスです。こんなのウチの作品ぢゃないとは思うんですが、流れとして上げておきたかった一本でもあります。
そして、ウチがタダでシリアスをあげるわけもないですよw もちろん、ちゃんとリカバーも考えてますw
時間的には、『君と見る、桜。』の丁度一年前。あの時、彼が万感を籠めて呟いた言葉の裏にあったシーンを中心に書いて見ました。
………で、近々あげるアレの前哨戦でもあります。
あとは、ちょっとだけ例のアレをイメージして書いてもいるんですが………お分かりになったでしょうか?(→クリア済みの方)
ふー、まあ、シリアスは疲れますね(苦笑)。なれないことしたもんで、上手く行ってる自信が限りなく無いですが、もっと修行しろってことでしょうw
それでは、御拝読、誠にありがとうございました!!!
ちょ、おま、マジかよ!などございましたら是非w⇒ web拍手
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