二月二十一日、天気は快晴。
 冬の寒さは残っているけど、陽射しは少しだけ春を思わせる――そんな朝。

 きっと大抵の人にとって、今日は何の変哲もない一日だろう。
 ……でも、私にとっては、少し違う。


「逢ちゃん、お誕生日おめでとーう!」
「おめでとう、ございます……」


 そう、今日は私の誕生日。「普通」とは少し違う、特別な意味を持った一日。

「ありがとう、美也ちゃん、沙絵ちゃん」
「にししし……はいこれ、お誕生日プレゼント!」
「ふ、二人で選びました」

 私が、この世界に生まれた日付。前の誕生日から一年間、無事に過ごせたことを感謝する日。

 そして、家族や友達から、「お誕生日おめでとう」と言ってもらえる日。

「ありがとう。開けてもいいかな」
「うんうん!」
「ど、どうぞ……」

 プレゼントは、物それ自体じゃなくて、贈ってくれる気持ちなんだ――と、気付いたのは何時のことだっただろう?
 昔は、ただ無邪気に喜んでいただけだったけど。今は、違う。

「ふふっ。可愛い……」

 丁寧にラッピングされた箱から出てきたのは、可愛らしいペンギン柄が入ったタンブラーだった。よく、コーヒー屋さんなんかで見かけるもの。なるほど、これなら普段も使えるし、機能とデザインを兼ねたプレゼント、と言えると思う。

「大切にするね」
「そうしてくれると嬉しいなっ」
「私も……そう思います」

 大切にするのは、プレゼントだけではなく、二人が祝ってくれた気持ちも一緒。
 これを見るたび、私は高校一年生の誕生日を思い出すだろう。
 このタンブラーが、三人の変わらない友情を象徴してくれるものであってくれれば、私も嬉しいと、強く思う。



 ……さて。



(……祝ってもらう気持ち、か……)



 ……彼は。
 去年の暮れ、付き合い始めた、私の愛する先輩は。

 祝ってくれる、かな?
 きっと、祝ってくれる、と、思うけど。

「……はぁ」

 少し、顔が赤くなっているのを自覚する。
 表情は、笑顔のまま。けど、誰かに見られたらきっと勘ぐられるし、少しだけ俯いて顔を隠してみる。

(……本当に、もう)

 でも、頬が緩んでしまうのは止め様が無い。
 こちらから期待するようなものではない、と、分かってはいるんだけど。

 これが、きっと、「好きだ」という気持ちの、表れなんだろう。
 誕生日にこんな気分になるのは、生まれて初めてと断言できる。


 今日は、高校生活で初めての誕生日。


 ――だけじゃなくて。


 私に恋人が出来てから、初めての誕生日なのだから。














「よっ、逢」
「先輩!」


 ……いけない。声が弾んでいる。
 こういう時にも平静な心でいなくちゃ、と、思ってはいるんだけど……。

 時は昼休み、いつもの廊下。先輩と、お昼ごはんのの待ち合わせ。今日は朝練があり、その上午前中の授業が体育や家庭科だったから、朝も休み時間も先輩と顔を合わせる機会が無かった。だから、今日はここで初めて先輩と顔を合わせたことになる。

 付き合い始めて、私が迎える最初の誕生日。会えなかった分、今日はそのことばかり考えていた気がする。「人から祝ってもらう」というのは特別なことで、自分から期待しちゃいけない――と、思っていても。結局、思考が止まってくれることは無かった。


 きっと先輩は、「誕生日おめでとう」って言ってくれる。
 そんな、確信めいた観測が、私の中にはあったから。


 そして――好きな、大好きな人からの一言だからこそ。
 それは、きっと、私にとってとても嬉しい言葉になるはず――――




「お昼、どうする? 学食にしよっか。それとも、購買?」
「あ、え……えっと」




 ――――だったん、だけど。




「が、学食に、しましょう」
「?」


 ……予測と違う言葉に、ちょっと戸惑ってしまった。

   ……はあ。
 だから、期待しちゃいけない、というのは、こういうこと……だ、


「逢、体調悪い? ちょっと、顔色悪いみたいだけど……」
「い、いえ。全く問題ありません」


 ……こういう細かいところには、しっかりと気がついてくれるのになあ……。

 付き合いはじめてすぐ、互いの誕生日については話題に上ったし、ちゃんと教えあってもいる。
 だから――うん。すっかり忘れている――んだよね、きっと。

「……ふぅ」
「?」
「さ、行きましょう、先輩。食堂、一杯になっちゃいますよ」


 浮かんでくるのは、苦笑い。少しの異変にも体調を気遣ってくれる優しさがある一方で、どこか抜けているところだってある。……まあ、そこが先輩の可愛いところとも言える、のかな。うん。

 ちょっと残念だけど、忘れているなら仕方ない、か。

「あ、逢……」
「今日は何にします? うどんですか? それとも、定食?」


 先輩の手を取って、先導して歩き出す。

「僕は、……そうだなー。今日はうどん、かな」
「じゃ、私もおうどん……そうですね、肉うどんにします」

 結局、どうやら今日も、普段と変わらないお昼になりそうだ。
 ……うん。ちょっとだけ、先輩が誕生日を思い出してくれることを、本当にちょっとだけ期待しつつ。



 いつもの先輩とのひとときを、存分に楽しむことにしよう。



 つづく

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