「……ん、……」

 ……ふと、目が覚めてしまった。

 多分、まだ夜中――なのだろう。私の眼は、光を感じていない。即ち、周りはまだ真っ暗、ということだ。昨日から天気は下り坂、分厚い雲が空を覆っていたけれど、朝になれば僅かな光でも入ってくるもの。そういう訳で、まだ寝ていていい時間だったことは間違いない。

 起きてしまったのは、多分、風と雨の音のせい。夕方、輝日の空を覆っていた分厚い雲は、夜半になって雨を降らせ始めていた。その雨はだんだん強くなって、眠りに落ちる頃には、屋根を叩く雨の音が気になるくらいになっていた。ただ、さっきは疲れてしまっていて、そんなのはほとんど気にならずに寝ることが出来たんだけど――

 どうやら、寝ているうちに、風も強くなったらしかった。空気の流れが唸りを生み、不気味とも言える音を奏でている。



 ――でも。



「……う、む……ぅ……、すぅ……」

 そんな、嵐とも言えるような天気なのに、先輩は文字通り「どこ吹く風」。隣りからは、安らかな寝息が聞こえて来ている。

「……ふふっ」

 その寝顔は、どこまでも無防備で、弛み切っている――と、言うしかない。
 それでも、たまらなく愛しい。起きているときには、絶対に見られない表情。それを今、私が独占している――なんて考えると、なんだか胸が躍るみたい。

 きっと、こんな所を私に見られているなんて、夢でも思っていないはず。
 明日の朝が、楽しみだ。どんな風に伝えようか。「無邪気な寝顔でしたよ」? それとも――――

「……っ、と……」

 そんなことを考えながら、枕元の時計を取って、時間を確認してみる。先輩へのはじめての誕生日プレゼントは、今も元気に時を刻んでくれていた。その時計が指し示す時間は、大体二時半くらい。当然、まだまだ夜明けは先のこと。もう一度布団に潜り込んで、夢の世界に向かわなくちゃいけない時刻。


 ……でも、少し困ったことがある。


(……のど、渇いたな……)

 そう、冬は空気が乾燥するもの。だから、のどが渇きやすいのも自然の摂理。もうタイマーで切れてはいるけれど、暖房がかかっていた部屋だから尚更だ。

 問題は、夜中に起きてしまって、それを自覚してしまったことにある。一度そう感じてしまったら、忘れることが出来ないのが厄介――それが、のどの渇き、というものだ。

 こういう時、先輩と美也ちゃんに「自分の家と思ってもらっていい」と言って貰っているのが、ありがたく感じられる。
 その言葉に甘えて、水を一杯貰いに行くことにしよう。

「……寒……」

 先輩と私の体温で温まった布団を出ると、冷気に身を切られるような感覚に襲われた。……これも、仕方がない。何せ、布団の中には、快適という一言では表せないくらいに気持ちいい温もりがあったのだ。冬の風と冷たい雨で冷やされた空気は、心地良さに慣れてしまった身には酷、というしかない。

 体をさすりながら、部屋を後にして、台所へと降りていく。時間が時間だから、いつもなら静かなはずだけど、今日は少し事情が違っていた。廊下を進む私の足音だけじゃなくて、風が家を揺らし、雨が屋根を叩く音まで加わっている。

 真っ暗な中で、風の唸る音を聞くのは、気分のいいものじゃない。どこか不気味で――何か、出てくるような気分にさえなってしまう。勝手知ったる先輩の家だけど、その気持ちを抑えることは出来そうになかった。

(……早く、帰ろう……)

 自然と、早足になった。一階に降り、台所にお邪魔して、流し台へ。
 後は、蛇口を捻って、少し水を頂くだけ――

「――きゃっ」

 ――と、思ったところで、私はそんな声を上げてしまった。

 真っ暗な台所に、一瞬、強烈な光が飛び込んで来たのだ。
 そして直後、鳴り響く轟音。――そう、稲光と、雷の音、である。

「……び、びっくりした……」

 風雨は強かったけど、雷はこれが始めてだった。少し考えれば予期できたはずなのに、寝起きだったからなのか、私は完全に雷を思考の外に置いていたらしい。

「……はぁ……」

 まだ、動悸は収まってくれていない。胸に手を当てれば、普段より早まった鼓動が伝わってくる。全く、こんなことで驚いているようでは修行が足りない、と言わなくちゃいけない。出来るだけ、どんな時でも平常心を保って……

「……ッ」

 ……なんて、思い始めた矢先に、また強い閃光が眼に飛び込んできた。間髪入れず、雷の落ちる音――一秒も空かなかったから、相当近いところに落ちたはず。ただでさえ強かった風雨も、雷が加速させたかのように、更に強まって窓を叩くようになっている。本当、「雷様」とはよく言ったものだ。

(さ、流石に……)

 ますます猛る暴風雨の中、暗闇に立ち尽くしているのは、精神衛生上も宜しくなさそうだ。早く水を一杯頂いて、あたたかいところに戻らなくちゃ。

「……冷たっ」

 蛇口を捻ると、氷かと思うような水が流れてきた。それを両手で受け止め、そのまま口に含む。冬の冷水は家事作業には厳しいけれど、こうして喉を潤す時にはいい塩梅。心地よい冷たさが、のどの奥まで少しずつ伝わって行く感覚。運動の後でも、寝起きでも、この感触が好きなのは変わらない。



「ごちそうさまでした」

 もう二口ほど水を頂いて、蛇口を閉めた。これで、のどの渇きともしばらくお別れ。
 後は、先輩の横に戻って、ゆっくりと――



(――え?)



 ――休むだけ、と、思った瞬間だった。

「ひゃっ!?」

 突然の感触・・・・・に、私はそんな声を出してしまった。
 ……いや、仕方ない、と、思う。だって、本当にそれは唐突で、全く予想もしていなかった衝撃だったのだから。

 体を、布に包まれる感覚。
 何? と、考えたのは一瞬だった。


 ……この、心地よい重みは――


「風邪、引くよ?」
「……ありがとう、ございます」


 先輩の半纏。コタツで寝てしまった時にかけてくれたり、雨に濡れた時に、上着の代わりに貸してくれたり。度々、この半纏にはお世話になっている。

 今も、そう。これを着ていると、先輩に包まれているような気持ちにさえなっていく。
 知らずのうちに冷えていた体が、少しずつ温まる。……ちょっと、他では味わえない幸せだ、これは。


「す、すみません。起こして、しまって……」
「いや、構わないよ。これで二度寝出来るしね。それに――」

 わざわざ半纏を届けてくれた、そんな優しさに触れたから、でもあるんだろう、きっと。
 いつでも、この人はそうなんだ。そっと、さりげなく気遣ってくれて――

「逢の可愛いところも見られたし」
「え? それって……」
「可愛い声、聞かせてもらったから、ね。たまには、悲鳴っていうのもいいかなー、って」


 ――でも、やっぱり、どこか変であることには変わりない。


「……あ、あれは、雷の、せいですからっ」
「うん、そうだね。でもやっぱり、逢は可愛いな、って」
「せ、先輩っ!」
「もっと聞きたいなあ、逢のああいう声♪」

 いたずらっぽく笑って、先輩は私の手を取った。冷え切っていた手にも、その温もりが伝わってくる。

 ……全く、仕方のない人。
 けど、やっぱり、――うん。そんなどうしようもないところが愛しいあたり、私も相当おかしくなってしまっている。古人曰く、朱に交わればなんとやら――

「……本当、先輩は変態ですね」
「え、そうかな。逢が可愛いのがいけないんだと思うけど」
「……ふふっ。じゃあ、そういうことにしておきましょう」

 可愛いと、何の気なしに言ってくれるのが嬉しくないわけは無い。意識して言っているのなら気障な感じもするだろうけど、この人は変態なくせに純情だから、素直に受け止めて良い言葉。

 ……さて。

 それは、それ。やられっぱなしというのは、面白くない。
 次は、私が攻める番。

「でも、今度は先輩の番ですからね」
「え? 何が?」
「可愛いところ、見せて下さい。でないと、不公平です」
「ど、どうやって?」
「今は秘密、です♪」


 方法は、ベッドに潜ってから教えてあげることにしよう。
 きっと、「可愛い」先輩が見られるはず。


 ふふっ。
 どんな声を聞かせてくれるんだろう。

 楽しみにしていますよ、先輩♪








 テスト中に少しずつ書きためていた一文です。当にテストで疲れた頭を象徴するかのように、糖分一本槍で他のことはあまり考えていなかったりしますw

 ……いや、七咲さんに「きゃっ」って言ってもらいたくて(爆)。とんだ橘さんですね、ウチも。あと、タイトルの意味は皆様で深読みしてみてくださいw

 それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>

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