「……まだ、かな」


　翌日、昼休みの校舎屋上。

　輝日の市街を一望できることから、季節によっては人気の屋上も、冬は吹きさらしになることもあって、そう人がいるものではない。見渡す限り、生徒もまばらで、数人がのんびりと昼食を取っているだけだった。

　しかし、いかに人が少なくても、恋人同士、甘い語らいをする際は、人目が気になるものである。完全に「二人の世界」――なので、他者の視線は、出来れば無いほうが心地よい。

　ただ、そういう点も、しっかり逢はクリアしてあった。ちゃんと、死角になる場所はチェック済みで、そこをいつも、屋上で落ち合う場合は、彼との待ち合わせ場所にしてあるのだ。

　結局、朝は一緒になれなかった。それなら電話で伝えようか……ということも考えたが、やっぱり、直接ストレートに言うよりは、多少婉曲にしておきたい、という考えがある。

　だから、逢が選んだ選択肢は、「メモで連絡」だった。昼休み、屋上の「いつもの場所で」と、ちゃんと朝練に赴く前、下駄箱にメモを入れておいたのだ。靴の上にメモがあれば、誰だって内容を確認するだろう。



　それに、しても。



（先輩、遅いな……）


　メモには、場所も時間も書いてある。屋上の「いつもの」場所に、お昼休みが始ってすぐ。「すぐ」だから、購買とかには寄らないで、直接来てくださいね、とも。

　ここまで書いておけば、今日は手作りのお弁当って分かってもらえるはず――けど、彼は鈍感だから、ひょっとしたら分からないかもしれない。でも、昨日の放課後から今まで、会えなかったのは彼も自分も同じなのだ。だから、きっと彼も、急いで来てくれるんじゃないかな――と、逢は考えていた。


　しかし――中々、意中の彼は姿を現してくれない。


（まさか……入れる場所を、間違えた？）

　可能性としては、考えられる。確かに、下駄箱の名札、彼の名前を確認してから入れたつもりだったけど、今となってはそれも曖昧だ。


　本当に、先輩の下駄箱だったのだろうか。
　もし、違っていたら、ここには――





「逢」





　――別の生徒が来てしまうのでは――と。
　そんな懸念が、杞憂に終わった一瞬。

「お待たせ」
「あ、……はい。こんにちは、先輩」
「こんにちは」

　いつも、彼の顔を見ればホッとできる。彼の隣に居るのが好きな、大きな理由のひとつである。

　今日は、別の意味でもホッとした。下駄箱を間違ったわけではなかったのだ。彼がここに来たということは、そういうこと。
　それにしても、と、逢は思う。昼休みが始まって、少し遅れてきたのだから、ちょっとは何か、言葉があっても――


（……え？）


　――そんなことを考えながら、腕時計に、ふと視線を落とす。

　しかし、そこには、意外な時間が刻まれていた。
　まだ、彼女が屋上に来てから、二分強。
　昼休みが始ってから、と考えても、三分ちょっとでしかない時刻。

「……あれ……？」
「どうしたの？」
「あ、いえ。なんでもないです……」

　そのことに気付いて、逢は内心、苦笑するしかなかった。

　昼休みのチャイムが鳴って、教室を飛び出して、階段を駆け上がってここに来て。
　それからまだ、本当に少しの時間しか経っていないのに――十分、十五分に感じてしまっていたということは、つまり。

　それほど、逢が、彼を待ち焦がれていた、ということだ。
　そして同時に、無理もない、という結論に到る。昨日の放課後から先、彼の顔を見ていなかったのだから。もちろん、お休みのコールはしたけど、顔を見たり、直接触れたり、ということに比べれば、不足であることは否めない。

　側にいてこそ……この優しさを、このぬくもりを、直に感じられるのだから。

「いい天気だね」

　彼が、逢の右隣に腰をおろしながら、呟いた。
　……本当に、その通り。
　冬なのに、春さえ感じさせてくれる日差しと、透き通った青い空。

「ふふっ。そうですね」

　体感温度まで、春めいている。朝は放射冷却で寒かったが、幸い風もなく、昼を迎える頃には、陽射しが十分空気を暖めてくれていたのだ。
　そして。もちろん、あたたかいのは、気候のせいばかりではなく。

「先輩」
「ん？」

　左隣に、彼が居てくれるから――でも、ある。

「今日は、お弁当作ってきたんです」
「え、本当に？」
「……気付かなかったんですか？　購買で何も買わないで、すぐに来てください、って書いておいたのに……」
「ああ、いや……待ち合わせがここなのかな、って思ったけど……」
「……はあ。本当に、先輩はニブいですね」
「う……そ、それは」
「ふふっ。冗談です。気にしないでください。それより――」

　逢は持参の風呂敷包みを解いて、二層の重箱を取り出す。その中には、昨日の買い物で選りすぐった材料、そして残り物の優雅にして大胆なアレンジ、あるいは愛の籠った副菜、おいしく炊き上げ、そして丹精込めて握られたおにぎり、その他もろもろ――が、一杯に詰まっていた。

「美味しそうだね」
「クスッ。一生懸命、作りましたから。お口にあえばいいんですけど。
　ほら先輩、お箸です」
「ありがとう」

　逢が、彼に箸を渡す。家の新品ストックから持ち出してきたもので、木の本体に、シンプルな色つき帯があしらってある――というデザイン。実は、逢のものと色違いになっていて、彼女の箸が紺の帯、彼のものが緑の帯である。

　これも、こっそりペアにしてみよう、と、逢が思いついたアイディアのひとつ。これからは、この箸が彼専用になる。弁当を彼のために作る度、逢はこの対の箸を、風呂敷に包むことになるだろう。

「あ、お揃いなんだね」
「ふふ。気付きましたか？」

　嬉しそうに微笑みながら、彼はそう言ってくれた。鈍感な彼のことだから、気付かないんじゃないかな、と、逢はそう考えていたのだが、どうやらそれも時によるらしい。

　……逢の嬉しさも、倍増というものだった。

「それじゃ、早速……」
「はい」

「「いただきます」」

　二人して手を合わせ、地の恵みに感謝する。から揚げ、卵焼き、野菜を肉で巻いたものには特製のソースをかけてある。ウィンナーは定番のタコ紋様。焼売やきんぴらごぼうは残りものなれど、品数を増やすのに貢献している。バターコーンは手軽にできる定番のつけあわせ。缶のスィートコーンは使い勝手が良くて、とても重宝するものだ。

「……ん」
「……」


　――緊張の一瞬。彼は最初の箸に、卵焼きを選択した。

　それを口にして、１噛み、２噛み――。

　一体、どういう感想を抱くのだろうか、彼は――


「……おいしい……」
「……そ、そうですか？」
「うん。すごくおいしいよ」


　――その一言が、聞きたくて。
　逢は、一生懸命お弁当を作っていたのだ。


「なら、良かったです」

　そう言って、逢は、微笑んだ。
　彼が、見惚れてしまうような、そんな穏やかさで。

　心から、嬉しい。

「おいしい」と、彼に喜んでもらえたことが。
　彼に、喜んで欲しくて――その為に、逢は頑張っていたのだから。

　運命の恋人同士とは、そういうものだ。
　彼が、好きだ。そして、彼を楽しませてあげたい、もっと、もっと――自然と、そう思える関係。
　お弁当を作ってあげる――それは、その無限の想いの、ほんの一欠片。
　でも、それだけでも、二人はとても幸せになれる。


　おいしそうに食べる彼を見て、逢もまた、嬉しさに相好を崩す。頬が、また引き締まることもない。
　そんな心地良さに、彼女は身を委ねている。

　……これもまた、ひとつの、恋人同士の「青春」。


　昼休み、一時の休息。
　穏やかな時間が、幸せな二人を、ゆっくりと優しく包みこんでいる。

　情熱の赴くままに！（ごあいさつ）七咲SS第四弾をお届けいたしましたｗ。


　今回は七咲視点のお話です。逢さんの特技のひとつには「家事」があります。で、付き合い始めのあまーい恋人同士。なら、どうしますか？　当然、彼のことを想いながらお弁当作っちゃいますよね！　という、ある種とても偏った見地から書きましたｗ

　でも、こういうのイデアだと思うんです。自分がいけないんでしょうか……！ｗ　このあと、お米粒を取ってもらったり、「指パク」があったりしたり……と、そのあたりは皆様のご想像にお任せいたしましょうｗ　それとも、そういうのも書いたほうがいいでしょうか？ｗ

　ああ、でも……自分も、アイアイのお弁当食べたいなあ……（マテｗ）。

　それでは、お読みいただきましてありがとうございました！<(_ _)>


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