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 ………ああ、それくらい解ってるよ。
 
 俺が悪かったんだ。季節の変わり目は気をつけなきゃいけないことくらい知ってたはずなのに。
 だけど、仕方ないだろ?頼まれたら断れないのは性分だし、それで人が喜んでくれるなら万々歳だ。バイトだって結局は自分のため、それに現状の食卓を支えるにはそれなりの収入ってものも確保しなきゃいけないんだから。
 それに、少しでも早く一人前になるためには、魔術の修行だって頑張らなきゃだめなんだし。
 
 ………だからって、やりすぎるのは良くなかった。
 油断した、と言ってしまえばそれまでなんだけど。六月にここまで気温が下がるってのも予想の外。
 まさか、こんなコトになるなんてなあ………。
 
 
 「――――今日も、雨なのですね。」
 窓から見える灰色の天。それを見て、ポツリと彼女は呟いた。
 
 セイバーにとって、梅雨は初体験になる。故国では霧雨や曇りの日こそ多いものの、ここまでしっかりとした雨が続くことは少なかった。
 雨の中の景色は、それなりの情緒を持つ。雨粒に濡れる紫陽花を見たときなど、風土に融けこんだ自然に心和むことも少なくはない。
そんなことを考えるが、それにしても。
 「まったく、これでは………」
 空を見上げる彼女の顔は、心なしか不機嫌でさえある。
 昨日の晩、彼が来てくれなかったのも少し不満ではあるのだが、それはそれ。毎朝学び舎まで歩いていく少年少女を思えば、雨天が続くことを好ましいとは考えられない。
 (何より、雨中の行軍は体力を消耗しますし……)
 かつて戦陣に生きた将ならではの気遣い。その経験が、今では優しさとなって彼女の中に息づいている。
 
 「何か、良く効くまじないでも無いものでしょうか?」
 自然の営みに干渉することは難しいが、気休めでも彼らの道のりが楽になる方法があれば、それは試してみる価値があるだろう。寝具を片付けながら、そんなことを考えていると―――
 「……………む」
 決して無視できない感覚が頭に攻め上ってくる。
 ……こと彼女にとって、朝の空腹感は抗いがたい責め苦である。それを放置して良いアイディアが浮かぶはずもなく。
 先ずは朝食、この案件についてはその後にでも聞いてみようか、と。彼女は、朝の楽しみに向け自室を発った。
 
 今日もまた、台所からはいい匂いが漂ってくる。そこで朝食に向けてのモチベーションを高めるのも、彼女の朝の日課になっていた。
 先程よりは幾分晴れやかな気分で、居間に入る。
 「おはようございます、桜。」
 「おはようございます、セイバーさん。朝ごはんはもう少し待って下さいね。
 ……あ、そうだ。先輩を見かけませんでしたか?」
 言われて、食卓を見やった。イリヤスフィールと大河が相も変らずじゃれあっていたが、彼の姿は無い。今日は少し遅れて出てきたので、彼は当然居るものと思っていたのだが。
 「いえ、今日はまだ。――――もしや」
 「そうですね……。多分土蔵にいらっしゃるんだと思うんですけど。ちょっと今、手が離せないんです。お願いできますか?」
 「わかりました。桜は朝食の仕上げに専念してください。」
 即答し、彼女は居間を後にした。
 一日のはじまりにあって何より尊い朝食の質。それを高める為に桜が全力を尽くすなら、それを妨げる要素はなんであろうと引き受けましょう。そんな気合が充満している。
 
 ……しかし。そもそも、少年さえしっかりしていれば、こんな苦労は最初から無い。
 最近、彼は良く働いていて、少し疲れを見せることも多い。それゆえにこそ、きちんと部屋で寝て欲しいといつも言っているのだが。
 「全く、本当に困ったものだ……。」
 ため息をつきながら、セイバーは傘を差して庭に出る。彼女が思ったよりも雨は大粒で、気温も予報よりは大分低い。
 (幾度窘めても聞き入れてもらえないのですから、そろそろ実力行使も考えないと……。)
 不満そうにそんなことを考えていたが、反面、いつもは回ってこない役目に少しときめいたりもしてしまっていた。短いながらも、朝から二人きりになれるのは嬉しいものである。
 目を開けたとき、隣に恋人がいる。それがどれだけ素晴らしいことか。この二ヶ月の間に、病み付きになってしまった自分に苦笑してしまう。
 「はあ。これでは、シロウのことばかり責められませんね……」
 それでも、少年が同じコトを思ってくれるなら、それはそのまま彼女の幸せでもある。たまには、笑って大目に見てあげるのもいいのかもしれないな、と。土蔵の扉に手をかけながら、微笑みがこぼれるのを止めることはできなかった。
 
 
 「シロウ?もう朝ですよ。寝坊ですか?」
 そんなことを言いながら、重い扉を開ける。
 少年は彼女の予測どおり、暗い土間に布団もかけずに眠っていた。
 しかし。少年からの返答は、ない。
 「寝坊とは貴方らしくもない。さては、余程遅くまで鍛錬していたのですね。」
 彼の近くには、魔術の練習に使っていたであろう薬剤調合の機器が散乱したままになっている。いかに優れた投影を駆使しようと、魔術師としてはひよっこの彼には多少重い業にも見えた。
 セイバーは肩をすくめて、仕方が無い人だ、と呟く。が、ものは考えよう。あるいは、役得と言える状況かもしれなかった。その穏やかな寝顔は、セイバーのお気に入りでもあるわけで……。
 彼女は少年を起こさぬよう、そっと近づいて、その寝顔を窺った。
 ――――しかし。
 「…………?」
 そこで初めて。セイバーは、彼の様子がおかしいことに気がついた。
 穏やかに眠っているように見えた彼は、その実、苦しそうに肩で息をしている。
 その顔は赤く、汗が幾筋にも流れ落ちている。
 と、いうことは――――
 「………シロウ?!凄い熱ではありませんか!」
 彼の額に置いた手からは、およそ通常のものではない体温が伝わってきていた。
 彼女とて幾多の戦場を経た武人である。刀傷打身の応急処置はお手の物だし、戦場の流行り病には常に的確な対処を与えてきた。よって、それで焦るような人物ではないはずなのだが、しかし。
 “ただの風邪”の取り扱いは専門外。その優秀な判断力も、最愛の人の危機を前にして完全に効力を失っていた。
 「シロウ?!しっかりしてください!シロウ……!!」
 想像もしていなかった事態に狼狽し、その場で右往左往するばかり。
 高熱にうなされる彼の前で、涙すら浮かべた彼女は、ただ不安のままに呼びかけることしかできなかった。
 
 
 ハッキリ言えば、全身だるい。
 筋肉が熱に悲鳴を上げているのだろう。普段は健康で通っている分、偶の異常事態にはむしろ、普通の人より打たれ弱いことを実感する。
 脳も同じ。火照る上に寒気という、矛盾の責めに曝されたそれは、体を正常に動かす機能を半ば失ったかのようであった。
 
 朦朧とした思考の中。近くに、人が来たことが感じられる。
 その声は、ひどく狼狽していた。
 ……罪悪感が、疲れきった体を更に責め立てる。
 決して、そんな声など出させたくない。そんなふうに思っていたのに。
 俺はまた、自分のミスで、彼女を悲しませてしまっているのだろう。
 「セ、イバー……?」
 なんとか、声を上げた。その目は、涙で滲み。必死の面持ちで、自分のことを心配してくれている。
 ………まいった。その顔は、あの夜、英雄王にやられた時と同じで――――
 「シロウ、ああ、気付かれたのですね?しかし、どうすればよいのか……。凄い熱で、その」
 「……ごめんな。心配、かけ、て。」
 「もう、そのことについては後でゆっくりお話します!それより今は……」
 「おっけー。とりあえず、おちつこう。」
 落ち着いていられないのは自分も同じだが。それでも、そんな彼女が見ていられない。何とかマシな振りをして、セイバーを落ち着かせることを選択した。
 それで、彼女も少し冷静になってくれたのだろうと思った。―――しかし、次の瞬間。
 「そうですね。こんな時こそ私が落ち着かないと。―――失礼します、シロウ」
 そう宣言すると、彼女はいきなり俺を抱きかかえた。
 ………ちょっと待とう。落ち着いているのならこれは止めて欲しい。正直、かなり恥ずかしい構図である。ふつう、お姫様だっこって言うんだけど……。
 流石に、この構図だけは納得行かない。なんとか、必死に抵抗してみる。
 「ちょっ、と、セイバー?おもい、だろ?大丈夫、自分で、歩けるって」
 「馬鹿なことを言わないで下さい!あの森で、私を抱きかかえた貴方がそれを言いますか!」
 「う。あの時は、仕方、なかったんだって」
 「なら大人しくしていてください。そんな体で歩かれては、私が心配で倒れてしまいます!」
 言うや、彼女は風のように土蔵を出た。
 ……………いや、何ともはや。何も言い返せない。冷静なのかそうでないのかは解らないが、やると決めたらとことんやるのは相変わらず。
 そして、傘を差しながらその抱きかかえ方。流石といってしまえばそれまでだが、今更ながらセイバーの力強い面に惚れ直したりも――――と。
 急に外気に当たったからなのか。意識が、急激に落ちていく。
 いかん。どうやら頭が限界の模様である。ああ、セイバー。ホント、ごめんな………。
 
 
 彼女の腕の中、少年の力が抜ける。
 それで、余計に気持ちは焦った。傘をそのまま放り出し、つっかけも脱ぎ捨てて。疾風のごとく居間に飛び込み、兎にも角にも助けを求めた。
 「桜!大河!イリヤスフィール!大変です、シロウが……!」
 居間にはすでに、朝食の支度が整っている。しかし、普段は彼女の心をとらえて離さないそれも、今回ばかりは目に入らないらしい。
 丁度エプロンを取ろうとしていた桜も、少年を見て驚きの声を上げる。
 「先輩?!どうしたんですか?!凄い熱―――」
 「士郎なさけない!お姉ちゃんはそんなヤワい子に育てた覚えはない!!」
 「タイガうるさい!サクラ、なにすればいい?!」
 思考は刹那。ふう、と、一つ息をついた後、桜はてきぱきと指示を与えはじめた。
 「イリヤさんは氷枕とおしぼりを用意してください。藤村先生とセイバーさんは先輩を部屋までお連れして、お布団の用意をお願いします。私はなにか食べるものを作ってすぐ行きますから。」
 その判断は沈着冷静。桜の指示の下、各自が役割を果たしに散る。
 降りしきる雨の中、普段とは違う様相の、衛宮邸モーニングどたばた劇。
 ただ、その中心にある少年だけが静かに、しかし苦しそうに眠っていた。
 
 
 朝の騒動もひと段落ついて、桜と大河は登校。後に残っるはずだったイリヤも相当ごねたが「風邪がうつったらいけない」と、桜によって強引に藤村組に返された。
 普段なら、心から喜べるはずの二人きりの時間。しかし、セイバーは浮かない表情のまま、寝込んでいる彼の顔を申し訳なさそうに見つめている。
 (……………彼の剣として、失格だ……………)
 それが、先刻からの感情の理由。
 土蔵で苦しんでいる少年を見つけて、ただうろたえるばかりだったことへの自責の念。
 (桜の的確な対応と比べて、なんと情けないことか………)
 少年への愛情はこの際言い訳にならない。彼に対し並々ならぬ好意を抱いているであろう桜は、冷静に指示を出していた。
 「…………はあ…………」
 もう幾度ため息をついたことだろうか。気付けば、時刻は正午を迎えようとしていた。
 「ん………。あ、セイバー………?」
 少年が顔を上げる。それで、セイバーは我に返った。
 「シロウ?お目覚めですか。気分は如何です?」
 額のおしぼりを取り替えながら、まだ熱が下がっていないことを確認する。
 「………うん。まあ、……はっきり言って、最悪。」
 「そうですか………。」
 しゅんとして俯くセイバー。自分の不甲斐なさと、彼の風邪への心配と。何か役に立ちたいとは思うが、こうして側に居ることしか出来ない自分を呪っている。
 ………まあ、それ自体が勘違いで、少年にとって傍に居てくれることこそ、何より嬉しいことなのであるが。
 「ごめん。迷惑かけて……」
 何度目かになる謝罪。とはいえ、そんなことは彼女にとってどうでもよくて。
 「風邪が治ったらしっかりと諫言させていただきます。それより、何かできることはありませんか?」
 
 それを聞いた彼は、一分後に、
 
 ――――きっと。熱による思考、判断能力の低下が原因だった。そう思いたい。
 
 そんなことを考えるに到るのだが、それは今語るべきことではない。
 とにかく彼は、こんなことを呟いた。
 
 「……そうだな……ちょっと、お腹減った、かな。」
 「では、何か作ってきます!」
 聞くが早いか、セイバーは顔を輝かせて部屋を飛び出していく。
 勇躍して出陣した彼女も、一分後、
 
 ――――きっと。何とかして役に立ちたい一心だったのだろう。そう思うべきだ。
 
 また後悔することになるのだが。それも、今語るべきことではない。
 
 
 「…………………………どうすれば…………………………」
 そして、一分後。台所で途方にくれるセイバーの姿が、あった。
 勇んで出てきたのはいいものの、料理は彼女の専門外。エプロンをつけたところで、そこに初めて気がついた。
 (“おかゆ”というものが良いとは聞き及びますが……………)
 他には玉子酒とか。しかし無念、彼女にはそのレシピを思い浮かべる術が無い。
 どうしようもない粗忽者だ、と、自分を呪う。出来もしないことを安請け合いしてしまうなど、オロオロして対応に困るより始末が悪い。
 (これでは、シロウを困らせるばかりだ……………)
 少年の性分からして、しばらく彼女が帰ってこなければ病身を押して見に来ることだって考えられる。
 かといって何も出来ずに帰るのも、あまりに申し訳なさ過ぎる。
 されど良策思い浮かばず。
 八方塞、四面楚歌。いや、こんなことなら四方に敵軍を受けるほうがまだマシだ、と。そんな嘆きで一杯になった彼女に、ともすれば百万の援軍より頼もしい声が聞こえた。
 「あら、セイバー?何やってるの?こんな所で。」
 「凛?!ああ、丁度よいところに!」
 料理、こと中華に関しては一流の腕をふるう遠坂凛。彼女ならば、この苦境を救ってくれるだろう。
 取り敢えずは、最悪の窮地を脱すべし。コトの顛末を彼女に話し、セイバーは素直に助けを請うた。
 「ふふ。ほんと、可愛いわね貴女。いいわよ。おかゆくらいなら教えてあげるから、そんな顔しなくていいわ。」
 「本当ですか?!凛、心より感謝します……。」
 やはり、持つべきものは友なのですね。そんな表情を浮かべ、セイバーはほっと胸をなでおろした。
 これで、彼の空腹も、自らの勇み足も癒やされるというものである。
 
 冷凍してあった御飯を解凍し、ネギや生姜など、諸々加えて土鍋に入れて煮る。仕上げに塩を加えれば、おかゆは完成。あくまで味付けは控えめに。
 そんなことを教えてもらい、鍋を火にかけて少し休憩。加減を見つつ、軽食などつまみながら台所で談笑する。その中で、ふと、セイバーが疑問を口にした。
 「そういえば、学校はどうしたのです?まだ正午を過ぎたばかりだ。下校には聊か早すぎると思うのですが。」
 ぎく、と、おたまを持つ彼女が体を強張らせる。
 「あ、ははは。それはね、ちょっと、………あの、士郎の風邪、私の所為っぽくてねー」
 「………?シロウの不注意ではないのですか?」
 「それがね。昨日のことなんだけど―――」
 
 
 <於遠坂屋敷、遠坂先生の魔術講座にて。>
 「はい、今日はここまで。明日も続けるから、これとこれとあれとそれの調合だけは明日までにやっといてね。」
 「いいっ?!これってお前、こんな大量の薬、明日までになんか無理だぞ?!」
 「うるさい!私だってしてきたことなんだから、アンタにもやってもらうわよ。いい?師匠には絶対服従。魔術を習うんなら基本中の基本よ。はい、復唱!」
 「……………師匠には、絶対服従、です。」
 「よろしい。ちゃーんとやっとくのよ、衛宮くん♪」
 
 
 「………それで、シロウは頑張りすぎてしまった、と?」
 少し、怒りのオーラがセイバーから放たれる。あんまりではないか、と。彼の性分を知っているはずの凛ならば、それくらい解ったのではないか、と。
 「ちょっと、悪ノリしすぎたわね。ごめんね、セイバー。おかゆのレシピで帳消しにしてほしいんだけど」
 「謝るならシロウにですよ、凛。」
 「う………。そ、そうね。
 ……で、まあ、弟子の病欠は師匠の責任ってことで、学校早引きして様子を見に来たってわけ。」
 ふう、と、またセイバーはため息をついた。彼も彼だ。無理を承知でやるようなことでもないし、請われれば手伝いくらいはしたというのに。
 「あら。そろそろいい頃ね。セイバー、お盆とレンゲ用意して。――――あ、そうだ。」
 一体何を思いついたか、遠坂凛は、土鍋に塩を加えながらにやにやしている。
 言われたものを用意したセイバーが、怪訝そうな表情をする。
 「ん?どうしましたか?」
 「ふふふ。セイバー、いいこと教えてあげようか。お詫びもあるし。」
 「はあ、いいこと、ですか。どのような?」
 その笑みは、天使のようで、悪魔な要素も湛えたもの。遠坂凛お得意の表情。そんな顔で、彼女はセイバーの耳元、何かを囁く。
 「な………!!り、凛!そのような………っ!!」
 「ま、やるかやらないかは貴女次第よ、セイバー。でも、やればいちころだと思うんだけどなあ♪可愛がってもらいたいんでしょ?」
 「ぅ………………それ、は………」
 その通り、とは流石に言えなかったし、弱みに付け込むようで気も引ける。しかし、その魅力的な提案は、セイバーの心をしっかりと捕らえてしまっていた。
 
 
 「むぅ………」
 体が延々と侵入者と戦い続けて早や何時間が経過したのか。俺には到底知る芳も無いが、それでも節々の痛み具合と強烈な寒気がその激しさを物語っているようだ。
 枕元に置かれたペットボトルの水を起きるたびに浴びるほど飲むものの、いい加減H2O以外の、主に炭水化物なんかを体が求め始めている。
 (とはいえ、セイバー、大丈夫かな………)
 思わず、何か食べたいと言ってしまったのがいけなかったのだ。こと調理に関してスキルE以上は到底付けがたいと思われる彼女にとって、それが荊の道であろうコトは簡単に予想できる。
 しかし。だからといって、現状その様子を見に行くという選択肢が俺の中には発生し得ない。先刻、汗だくの体を拭いたところで、己が体力は再びemptyを指し示してしまっていた。自由な行動を許さぬわが身を、今更ながら呪って――――
 
 ――――と。予想外の光景が、目前に現出した。
 
 「お待たせしました、シロウ。おかゆをお持ちしましたよ。」
 手にした盆には、できたての湯気を立ち上らせている美味しそうなおかゆが乗っている。
 いや、驚いた。ヘルプに赴こうとしていた自分を、思わず叱ってしまう。
 傍らに座り、食器の準備をする彼女。その仕草は、どことなくぎこちない。きっと、慣れない料理で疲れてしまったのだろう。
 まだ寒気も熱も全開の体を起こし、謝辞を述べる。
 「ありがとう、セイバー。わざわざ作ってくれて………」
 「いえ、たいしたことでは………。………その………それより………………」
 俯いているその表情は、何故か赤い。さて、風邪でもうつってしまったのか。それでは一大事なのだが。
 「どうしたんだ?セイバー。顔赤いぞ。もしかして、風邪が」
 「ち、違うんです!その。」
 そう言うと、意を決したように、一つ息を吸い込んで。
 
 ――――なんていうか。嫌とも良いともいえない予感はしたのだが。
 
 「失礼します!!」
 宣言して、彼女は俺の上半身を抱え、太ももの上に頭を乗せてしまった。
 
 ………………………………いや、その。
 そりゃ、すごく嬉しいけど。膝枕。
 ………………………………なんでさ。
 
 「あの、セイバーさん?」
 やば。なんか口調がおかしい。
 「シロウ………あの」
 赤い顔はさらに赤く。が、確かに、その後の台詞を考えれば赤いのも道理なわけだった。
 「………………………あーん、して、下さい。」
 
 うん。でも、俺だって男なんだからしょうがない。
 そりゃ、不自然だとは思った。こんなふうに積極的にアプローチする方では決して無いはずだし、どうもぎこちない所からは彼女以外の邪悪な意思さえ感じられる。それが誰かイマイチ判断つかないのは、頭が茹っている所為だろう。
 しかし、だ。こんなおいしい状況、受け入れない同性が居たら、俺はそいつが神仙の域に到っていると断言してやれると思う。
 だから。これに応じたところで、俺は多分誰からも責められはしないだろう。
 
 うなずいて、黙って、口をあける。
 いろんな意味で、天にも昇る気持ち。
 彼女の持つレンゲが、口の中に入れられる。
 多少熱いが、ほどよい味付けで、食べやすいように具も工夫されていた。
 「ん……美味い。」
 今更ながらボキャブラリーが貧困なことに苛立ちを覚える。まあ、素直な感想なんだけど。
 それで、先ほどから真っ赤で硬かった彼女の表情が、こころなしか緩んだ気がした。
 「それは良かった……。病気と戦うには体力が肝要です。まだまだありますから、………………。」
 そう言って、次のレンゲを差し出してくる彼女。俺もまた、黙ってその施しを受ける。
 あー、なんていうのかなあ。これが、幸せのカタチってやつなのか。いや、違うとは思うのだが、幸せなのは変わりなく。
 結局。土鍋が空になるまで、その営みは繰り返し行われた。
 
 
 「ご馳走様。すごくおいしかったよ、セイバー。うん。元気も出た気がする。」
 最後には膝枕という状況にもなれ、食事が終わった頃には普通に会話できるようになった。彼女も同じなのか、手馴れた様子で俺を布団に戻してくれる。
 「御粗末様でした。まだ、寒気はありますか?」
 「………ん。まだ、もうちょっとかかると思う。」
 「そうですか……。」
 
 彼女の顔は浮かないまま。
 間近で見上げる格好になるからか、その憂いは俺にひしひしと伝わってきてしまう。
 さっき、あんなコトをされて。今、こんな表情をしている彼女を見上げていると、たまらない気持ちにさせられた。
 そんな顔、して欲しくない。憂いを帯びた彼女を、少しでも安心させたい。
 ――――が。その方策として俺が考え出したことは、救えないくらい業が深かった。
 落ち着け、俺。そんなコトをして彼女に風邪が伝染ったらどうするつもりだ。
 斯くの如き言葉がどこからか聞こえてくるのだが、それは遮断。
 「なあ、セイバー。」
 「はい?なんでしょう。」
 さっきのアレだって奇襲だったんだから、俺のだって許されるはず、と、信じよう。
 「こっち、来ないか?…………あの、寒くて」
 人肌で、か。いや、もう少し上手い言い方ができればよかったのになあ。
 でも、まあ、うん、…………言い訳はすまい。
 
 彼女を横目で盗み見る。――――と。
 「…………………わかり、ました。」
 再び真っ赤になったセイバーが、とてつもなく可愛らしい声で、諾の返事をしてくれた。
 
 布団を上げて、彼女を招き入れて。
 その手を握って、体を寄せ合う。
 雨の音しかしない静寂の中、どれくらい経った頃だろうか。
 大分体もマシになってきたのが解る。それで、ふと思い立って、セイバーに声をかけた。
 「セイバー、起きてるか?」
 「はい。シロウ、具合が悪いのですか?」
 「いや、そうじゃなくて。セイバーが一生懸命看病してくれたから、お礼しなきゃと思ってさ。
 今度、デートしないか?」
 ほんの一瞬だけ支配する沈黙。しかし、すぐに彼女は返事をしてくれた。
 「ふふ。ありがたくお受けします。
 でも、こう雨が続いては、折角のデートも……。」
 確かに。雨の中のデートも風流かもしれないが、二人で歩くならば晴れているほうがいいだろう。
 それなら――――
 「そうだ。あとで、てるてる坊主作らないか?」
 「てるてる…坊主、ですか?それは、どのような。」
 「うん。おまじないってとこかな。晴れるのをお願いする人形を作るんだ。」
 もう何年も作っていないが、彼女にこっちの文化を知ってもらう機会でもあるだろう。
 それを聞いたセイバーは、にっこりと笑って。
 「是非、教えてください。楽しみにしていますね。」
 もう一度、手を握り返してくれた。
 
 空は灰色だが、心は温かく。
 その温もりは、俺の中の風邪を、少しずつ外へと追いやっていこうとしていた。
 
 
 
 
 
 余談になるが。
 
 
 「――――――萌えるわねー………。」
 少年の部屋の外。ぽそっと呟く赤いあくまが、ひとり。
 仲睦まじき二人の一部始終を、影で覗いていた人物が居たことに。
 結局、彼らは気付かず仕舞いだった。
 
 
 
 
 
 
 やー、ベタだなあ……。でも、やりたいシチュエーションだったのです……!
 セイバーさんがそんなに狼狽するかと言われれば、確かに疑問符はつくのですけど……。
 でもまあ、ネタってことでスルーしていただければ幸い。
 
 本当は金曜に上げる予定が、諸事情の所為でずれ込んでしまい、〆切って難しいとか苦笑していたり。
 せめて、日付が月曜になる前に上げたかったのに……!!
 
 どうも、御拝読ありがとうございましたw
 もしよろしければw 
web拍手
 メールでの御感想も頂ければ嬉しいです。
 
 
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