「よいしょ、と。」
人が居ない大浴場を、濛々たる湯気が覆っている。適当なカランの前に腰を下ろし、とりあえずタライにお湯を張った。
そういえば、銭湯に来るのはあの時以来になる。流した大きな背中が頼もしかった。最後に近かった楽しい思い出は、今も心の内に在って、大切な輝きを保っている。
一つ、頭からお湯をかぶる。 いつもより音が響き、それが余計に、天井の高さを感じさせる――――――
―――――はずだった、のだが。
バシャバシャバシャバシャ………
「やー、やっぱ人の居ない大浴場はいいわねー!!泳ぎ練習には丁度よし!」
「タイガは何時までたっても子供よね。もう少しつつしみと言うものを知らないといけないわ。」
「ん?なぁに?居候の分際で意見かこの白あくまがぁぁぁぁ!!!」
「あら、面白いわね。第33回銭湯カーリングで勝負よ!」
……………。
いや。音は、良く響いている。
男湯と女湯は仕切り一枚、天井は繋がっている。よって、他にお客さんも居ない今、セーブ無しで発される大音声はこちらまで筒抜けなのだった。
ともかくも。流石にカーリングはマズイだろうと思い、壁越しに声を張り上げた。
「藤ねえ!いい加減にしろ!いくら人が居ないからってハメ外しすぎだ!」
「え?士郎?なに、いたの?」
「やっほー、シロウ、来てたんなら言ってくれればいいのに!ねえねえ、そっち行っていい?!」
「断じて却下だ。こちらは女子禁制になっております。」
「えー、ダレも見てないからいいじゃない!何ならこっちに……」
「ダメよ。ああ見えて衛宮君は野獣なの。そんな肉食獣をサバンナに放ったら生態系が崩れるわ。」
「む。凛、それは少し心得が違う。彼らは空腹でなければ大人しく可愛い動物達です。シロウもきっと……」
「ふーん。セイバーでおなか一杯、ってわけ?」
「な!そ、ソレは違います、凛、私はそういう意味で言ったのでは!」
「遅れちゃいました………あ、こんばんは。」
「あらら、皆でどうしたの?お家のお風呂が壊滅したとか?」
「ええ、それに近い状況です。そこで、シロウから銭湯へ行こうとの発案がありまして。」
「初めてが貸切っていうのもいいものね。さ、ゆっくりしましょうか。」
「…………………………。」
―――――さて。 俺は確か藤ねえに注意を呼びかけたはずだが、何時から会話から外れたのだろう………?
「極楽、極楽、っと。」
体も一通り洗い、独占の湯船。ウチの風呂も狭いものではないのだが、やっぱりコレだけ広いと感想も違ってくる。
そうだなー、コレだけ広ければ、セイ………
「いかん。何を俺は。」
そういうアホな考えは公衆の浴場でしてはいけないような気がして、妄想停止。………いかんな。水風呂にでも入って頭を冷やした方がいいだろうか。
「とはいえ………うん。」
昔は体も小さくて、浴槽はプールみたいに大きく見えたし、仕切りの壁は山みたいに高く思えたものだ。少し、狭くなったと感じるのは、そのまま過ごした時の長さを感じさせている。体は大きくなっても、目指すものは変わっていない。だが、隣には彼女が居て、周りには皆がいる。そんな変化もまた、この時間の中に、確かに存在する事実。
そんなコトを考えていると、あちらでもあらかた洗い終わったのだろうか。イリヤと藤ねえの声に、遠坂、セイバー、桜の声も加わり始める。
「おおお……。こんなに広いお風呂とは……。」
「はー、いいお湯ですねー。………はふー………。」
喜んでいたり、くつろいでいたり。そんな感情が、音に乗って伝わってくる。初めて銭湯に来れば、そういう感想を持つ人が多いだろう。風呂好きならば尚更、身近にこういった施設があることには感動するはずだ。
「へー、結構深いんだ。お湯も丁度いいし。うん、悪くないわね。」
高級志向な遠坂にも気に入ってもらえたらしい。………そういえば、あの屋敷の風呂ってどんなんだろう。一回見てみたい気もするのだが。
などと、そんなコトを考えつつ。のーんびり、牧歌的に浸かっていられるのはそれまでであったことを、後に俺は思い知らされることになった。
「あら?桜、また大きくなったんじゃない?」
「えええ、ねねね、姉さん!ちょっと!向こうには先輩が……」
「いーじゃない、置物と思えば。んー、姉妹なのに、どうしてこうなるのかな?」
「む。置物とはあまりな。先ほどは野獣と形容したではありませんか。」
「まあねー。でも、檻に入ってる猛獣は怖くないでしょ?今頃赤くなってたりしてね。
ふーん……でもセイバーも、初めての時に比べたら……」
「な、り、凛!ななな、何を言い出すのですか!」
「ふーん。へー。士郎もけっこうやるものねえ。」
「………遠坂さん、ちょっとお話聞かせてもらえるかなー?士郎がナニをどうしたって?」
「あ、………あはは、いや、何でもないんですよー。ホラ、恋する乙女は」
「士―――――郎―――――!!!!!!!!!!
ちょいと銭湯裏にツラ貸せやああああ!!!!!!」
…………恨むぞ、遠坂。
その後も、延々と女の子トークが続く。藤ねえの怒りは上手く遠坂が逸らしてくれていたが―――――うん。俺だって10代の生身の男の子なのであった。何というか、あんまりそういう扱いを受けて居なさそうな感じがヒシヒシと伝わってくる辺り、何となく寂しいというか、それでいいと思うが吉か。
いずれにしても。
「……………早晩のぼせるな、こりゃ。」
多少、名残惜しいが。ゆっくりと立ち上がり、伸びを一つ。サウナは次回にして、ひとまず退散。
セイバーのために、珈琲牛乳談義でも考えておくとしましょうか。
つづく
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