「あの方が、彼の高名な、…………。」
彼女がアーサーを初めて見たのは、その祖国が危機に曝された時であった。
アイルランドのとある王との交戦。運が悪かったと言えば、それまでになる。その国は魔術に優れ、式に即した防御陣を敷いて対抗する敵に、カーマライド軍はなす術を持たなかった。
彼女の祖国は、苦境に陥る。ついには籠城を余儀なくされ、既に、敗戦は避けえぬかのように見えた。
魔術師マーリンはそれを伝え聞き、一計を案じる。
偉大な王に必要なのは、相応しい妃。騎士の新たな忠誠の対象、民衆の新たな希望の源泉。
ローディガン王の娘・ギネヴィアこそ、ブリテンの王妃に好適の女性、と。マーリンは、そう考えたのである。
もとより。カーマライドに美姫あり、とは、カメロットにまで伝わる噂だったのだ。
敵兵およそ2万に対し、城内に戦える兵は2千をわずかに超えるほど。先陣5千が城に迫り、包囲をはじめるのも時間の問題と思われた、その時。
50の騎士を率いる老人が、城を訪れた。
「お困りのようですな、ローディガン王。どうです、我らを雇ってみませんかな?」
「雇うも雇わぬも………。たかだか50騎、何をどうしようというのか。」
ローディガン王は初めこそ訝しんだ。それも道理。率いるのは老騎士、しかも配下の50騎は皆、騎士になったかならぬかにしか見えぬ、若年の兵ばかりだったからだ。
ローディガン王は、見抜けなかった。その騎士団こそ、マーリンが手塩にかけて育てつつあった、ブリテン最強の武士たち。
そして、アーサーもまた、一介の騎士に身をやつし、その軍勢に参加していた。
「………まあ、よいだろう。今はどんな兵力でも欲しい。活躍によっては、褒美は望むまま取らせよう。」
「――――――しかと、承りました。
では早速、我らの忠勇をお見せしよう。」
告げるや、マーリンは踵を返し、50の騎兵に出撃を命じる。
「な、50で何が出来るというのか。敵は大軍、貴公はその若武者達を無駄死にさせるおつもりか!?」
ローディガン王の側近も色めきたつ。つい先日まで刃を交えていた彼らは、敵軍がどれほど厄介な相手か、いやと言うほど思い知らされていた。
「はは。ならば、貴殿らは城から見物でもなさっているがよろしかろう。なに、そう損な話でもありますまい?犬死しても所詮は傭兵、貴国に傷はつきませぬからな。」
その言葉に気押されたか、どうか。
城門を預かる兵士も、騎士団を止めはしない。
既に、敵は指呼の間。出撃した騎士達の後ろ、城門は硬く閉ざされた。
「…………全く。無茶をする。」
やり取りの間、全く口を開かなかった騎士が、呟いた。
マント、フードを目深く被り、老騎士の副将を装い、付き従っていたその人こそ。
「何。無茶というほどの事もございますまい?国はガウェイン卿が固く護っておりますし、ここに揃う者は皆、死を厭わぬ最良の騎士。それは王が最もご存じのはずです。」
アーサーは、返答しなかった。
彼の言うとおり、騎士の勇は、自分が一番良く知っている。
「それより、多少強力な“壁”が敵にはあるようです。ひとつ、王の御力を拝見したいところですな。ああいや、しかし、出力は抑えねばなりませんが。」
アーサーは内心で、この翁の強かさに舌を巻いていた。
彼は、全てを計算のうちに入れていた。
カーマライドの現状、助勢による彼らの態度。戦後の会見から、彼の望む結末に到るまでの全工程。
そして驚くべきことに、敵が斯くの如き魔術防陣を擁する軍であること。打ち破る為に必要なアーサーの行動に、それが引き起こす劇的な結果までも。
占星、密偵、埋伏の毒。 軍師たる彼の頭脳、手腕は、全てアーサー王のために働いていた。
敵は既に、目と鼻の先。アーサーはゆっくりと、しかし威厳を以って、部下達に決意を表明した。
「…………我らの盟友となる国を、護る。
皆、力を尽くせ。」
アーサーは剣を抜き、一団の先頭に立つ。
もとより、落城は時間の問題。その後、どんな惨状になるかを考えれば、ここで看過するわけにもいかない。
剣に、光が集約される。
眩いばかりの、清らかな、聖光。
敵も味方も、その光に目を奪われぬ者は無い。自らに衆目が集ったと見るや、アーサーは戦の火蓋を切る。
「…………―――全軍、―――吶喊!!!!」
戦場に響く大音声。同時にアーサーは、纏っていたマントを脱ぎ捨てた。
金砂の如き髪、少年のような清らかな容姿。背丈こそそうは無いが、馬上にあっては寧ろ、その方が映えると言っていい。
大上段に振りかざした剣を、敵軍に向ける。
それが、合図だった。
秀麗なる騎士は、先頭を駆けた。突撃の喊声を上げる一団が、それに続く。
人数は50。だが、その気魄は、万を圧倒し、野を覆い尽した。
「――――――約束された勝利の剣!!!!!」
裂帛の気合と共に、金色の光が戦場を凪ぐ。
有無を言わさぬ破壊の風。敵の魔術防陣、その効力は瞬間に零となった。
残されたのは、裸の兵士。後はただ、兵の力量のみが、勝敗を決す。
一騎当千の騎士達に、万人の敵たるアーサー王。
数の優劣など、彼らに何の意味があっただろう。
心理上の優位は、既に握った。後は、先陣さえ壊乱させれば、場は決す。
「続けえええええ!!!!」
錘状の陣形で突入した騎士達から、次々と血風が舞う。
ある者は槍で貫き、ある者は戦斧でなぎ払う。
その中心には、つねに輝ける黄金の剣。
「あ、ありえぬ……!!たかが50、囲むことすら出来ぬというのか!?」
敵の誰もが、そう思わずには居られない。揃えた魔術師は先の光を持ちこたえたのが精一杯。もとより、戦士としての力量は、比べるべくも無い。
戦意は既に、喪われていた。
城内からも、誰からとも無く声が出る。
「我が国の騎士は何をやっているのだ?!」
「俺達も続け!!カーマライドの意地、今こそ見せる時ぞ!!!」
これも、マーリンの計算のうち。城内から決死の勇をふるって出てきた精兵はおよそ2000。嵩にかかって攻め立てる側にとって、十二分とも言える兵力。
士気は最高潮。目一杯の雄叫びを戦場に響かせて、2000はアーサー王とその配下に加勢した。
敵が崩れるのに、そう時間は要らなかった。誰からか。一人逃げ出せば、後は将棋倒しのようなもの。先陣5000はなす術もなく壊乱、国の章たる旗さえも打ち棄て、遁走した。
アーサーは戦利品の旗を燃やし、自国の紋章を高々とかかげ、勝利を宣言する。
カーマライドの人々は、自分たちが最良の援軍を得ていたことを知り、狂喜した。
野に響く勝鬨と、城内の歓声。
その勝利は、王と円卓の騎士、その勇名をさらに高め、そして。
ある女性の、運命を決していた。
「あの方が、彼の高名な、アーサー王………。
何と、何と美しい御方か………。」
続く
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