「あれが、ランスロット。なるほど、勇あり華あり、騎士の鑑と言えよう。」
観覧の玉座に身を委ねつつ。滅多に呟きなど漏らさぬ王が、思わず口にした。
アーサー王の治める都・カメロットでは、度々御前試合が開催される。古参の者は改めて勇武を示し、若き騎士は己が名を上げる機会。他国から、その国の名誉をかけて参戦する騎士も多かった。
ただ試合をし、騎士に名声と褒美を与えるだけではない。試合を通じ、アーサーは騎士の選定をも行っている。彼とその後見が考えた、効率の良い人材発掘の場でもあった。
アーサーと王妃が、城に設けられた観覧の席より馬上試合を観る。その荘厳な容儀を前に、諸将は命を賭して渡り合った。
そして、この日。
並み居る騎士を押し退け、第一等の武勲を上げた若武者が居た。
王の義兄ケイ卿、スコットランド、アイルランドより来訪した高名な騎士、数々の歴戦の勇者を容易く破り、果ては王の甥・ガウェイン卿までも、数十合の打ち合いの後に斥ける。
王をしてそう唸らしめるほどの勇武は、並大抵のものではない。ガウェイン卿との戦闘は、満場の観衆が息をのむほどの壮絶なものであった。
「亡きバン王の忘れ形見、ですな。どうです。円卓の中核たりえる騎士と見受けますが。」
後見の好々爺も、内心驚いていた。アーサーを支える騎士団の人材集めに心血を注いだ彼も、ここまでの逸材に接したことはなかったからだ。
もとより、このような感想をもったのはこの主従だけではない。
貴婦人はその美貌に酔いしれ、同性の騎士ですら、その武を絶賛した。
―――――彼が、湖水のランスロット。精霊の加護を受けし、稀代の武者―――――
………それは、皮肉な賞賛になる。
彼は、その加護ゆえに――――
試合は、ランスロットの独壇場のまま幕を閉じた。見物の衆からは歓声が湧き起こる。
それを受け、堂々と佩剣・アロンダイトを掲げて応える様は、20にも満たぬ若者には到底見えなかった。
王はランスロットの活躍を見届け、立ち上がって後見の方を見やる。彼もまた、大きくうなずいて肯定の意を示した。
見つけたものは間をおかず抜擢する。これもまた、王が後見より教えを受けた帝王学である。
王は歩みを進めると、傍らに控えていた従者に命を下した。
「…………奇貨置くべし。あの若武者を、これへ。」
「まずまず、か。」
騎士の控え室。流れる汗を拭い、ランスロットは一人ごちた。並み居る武者を寄せ付けぬ働きをした彼であったが、内心は仕えるべき国を過たなかったことに満足していた。
流石はアーサー王の宮廷、というべきであろう。どの相手も、彼が湖の宮廷で戦った騎士とは比べ物にならぬくらい、気魄に満ち溢れた武士だった。
「ここならば、私の武、存分に活かすことができる……と?」
どん、と。後ろから突然、ランスロットは叩かれる。
深呼吸していた彼は、突然の押しに対処できず、少し前のめった。
「……む、貴方は、」
「いや、貴公が湖水の騎士殿ですか。先ほどは感服いたしました。」
振り返れば、一人の騎士が立っていた。先ほどまで、互いの命を剣先に賭けて渡り合った人物。が、その鋭い闘気とはまるで違い、穏やかな雰囲気を醸し出していた。
名を、ガウェイン卿と言う。円卓の騎士の中でも王の信頼が最も篤いと言われる人である。
互いの名乗りは、試合前に済んでいる。が、その時から既に、二人の間には何か通じるものがあったらしい。若いとはいえ既に押しも押されぬ円卓の騎士と、未だ爵位も得ぬ若武者だったが、会話は十年来の知己のように弾んだ。
「いえ、あれは偶々です。最後の一合でサーの馬が息を乱さねば、どうなっていたかなど解りますまい。」
「馬も乗り手と息を合わせるもの。私の馬がそれを乱したのも、私の未熟さゆえ、ということです。」
ガウェイン卿の笑顔は絶えない。彼にとっては、自分の敗北などよりも、敬愛する主君・アーサーの騎士団が強化されることの方が嬉しかった。
「これで円卓の結束も益々高まろうというものです。王も、おそらくは歓迎なさるでありましょう。」
「は。そうなってくれればよいのですが」
「間違いはないでしょう。我が王の眼力は、並大抵のものでは…………と。」
二人の会話は、控え室への来客で中断される。
「ランスロット様。王様がお呼びです。」
「ふむ、やはり来ましたね。さあ、いかれるがよろしい。また後日、円卓で。」
最後までにこやかに、ガウェイン卿はランスロットを送り出す。
………後。彼ら二人にどのような運命が待ち受けているかは、ここで語るべきことではない。
「ランスロット様、こちらへどうぞ。」
命を受けた従者に促されるまま。ランスロットは王と、傍らに添う妃の前に跪いた。
夢にまで見た時。彼の目の前に在る王からは、その名に相応しい威厳と、器量が感じられる。
「我が名は、湖のランスロット。亡父バン王の友に仕えるべく、海峡を渡って参りました。」
「ランスロット殿、よくぞ参られました。私はマーリンと申すもので、王の相談役を務めております。
王は貴公を取り立て、我が騎士団の一員となさる御意向ですぞ。」
「………面を上げよ。サー・ランスロット。」
サーの称号。彼はこの瞬間から、栄光ある円卓の騎士、その一員となる。
そして。
(………………え………………?)
それは、彼の人生を決定付ける瞬間でもあった。
「貴公を、我が騎士の一員と認めよう。並み居る強豪を寄せ付けぬ本日の武勲、見事であった。これからは、私の為に力を尽くして欲しい。」
何より名誉ある、王からの称賛。栄光を約束される、騎士への叙任。彼にとって至上のはずの言葉はしかし、耳にまともに入ることはなかった。
その時、彼が見た王は。
(………………な、んと………………?)
―――――ひとりの、麗しき少女であった。
運命は、交錯する。
彼を護るはずだった破魔の指輪は、アーサーにかけられた「偽装」を見破ったのである。
ランスロットは数瞬、何かに撃たれたように硬直していた。
憧れた王が、女性だったことへの失望ゆえか。
否。
その胸に湧いた感情は、「あの夜、彼が抱いた」ものと同じ。
目の前に居る少女に、彼は――――――――
「ランスロット殿?どうなされました。王のお言葉です。返礼をなさい。」
彼は、女性の声でわれに返った。王妃が、いぶかしげに彼を見つめている。
「は!申し訳ありません。お言葉を頂き、身に余る光栄にございます。
このランスロット、身が朽ち果てるまで、王に忠誠を誓いましょう。」
アーサーの表情は、言葉を受けても変わることはない。王はしかし、少し頷いて、新たな円卓の騎士に声をかけた。
「………期待している。更に武を磨くが良い。
貴公ならば、円卓の中心を担えるであろう。」
続く
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