「くっ……この……!」
戦況は劣勢。その事実は覆い隠しようもない。
セイレーンの、無限とも思える軍勢。そこに向かい、ボルチモアは主砲を一斉に放ち、最大火力を叩き込む。
しかし──。
(戦いは数、よく言ったものだな……!)
消し炭になり、あるいは爆炎を上げる量産型セイレーン艦隊。しかし、その損害は敵軍の「全体」から見れば僅かでしかない。海に沈む同胞の残骸を意にも介さず、後続が波のように押し寄せる。
「ちょっと、多過ぎる……。でも、なんとか持ち堪えなきゃ」
「ううう、……いくら倒しても、キリがない……けど、諦めないっ!」
鉄血が誇る頭脳、ニーミ。ロイヤルの先鋒、ジャベリン。二人もまた、懸命に動き回り、敵を魚雷と近接弾で蹴散らして行く。
「信じて待つしかない。私たちは、指揮官にこの場を託されたんだ」
「そうね。翼が折れて、羽が尽きても……沈むまでは、戦い抜いて見せないとね」
五航戦の姉妹、瑞鶴、翔鶴もまた、航空隊を飛ばし、あるいは自ら斬り込み、セイレーンを突き崩さんと試みる。
「各員、弱音は母港でいくらでも聴くわ! 今はただ、己の持ちうるすべてを相手にぶつけなさい!」
混成艦隊の旗艦、歴戦のオールド・レディ、ウォースパイトが檄を飛ばす。その砲撃は雷鳴の如く、敵陣を切り裂き、破壊し、敵艦を爆発と共に散華させていく。
(このまま、何とか……!)
敵の圧倒的な物量は、変わらない。それでも、「食い止め続ける」ことは、不可能ではないかもしれない。
──皆の心は、折れていない。
諦めず、戦い抜く。
そうすれば、或いは。
ボルチモアは、希望を抱く。水面を疾走し、槍として敵を砕き、盾として戦闘機を撃ち落とす。その姿は、古に謳われるワルキューレの如く。
「私たちは、負けない……ッ!」
そう、負けない。勝たなければいけない。指揮官が、必ず援軍を連れて来てくれる。その時まで、ここに留まって──。
「あはははははははははは!!!! 無駄無駄、無駄なんだよなぁ!!!!!?」
「……!?」
だが。
それでも──それでも尚。
勇気でも、決意でも、……愛でも──抗し得ない「運命」が、あるのだとしたら?
「そろそろ『次』に行きたいからねぇ……消えてなくなっちゃえよ、お前ら、纏めてさぁ!!!!!」
「な……」
多勢に無勢、という戦いでは、各個に撃破されることが最大の禁忌である。
自然、陣形を調え、各個が連携を取れる程度の距離を保つのが鉄則だ。
だが、その教義を用いてはならない相手が、存在する。
(迂闊、私としたことが……ッ!)
ボルチモアは、己の不覚を断罪する。
この場に、上位個体が認められなかったこと。それは、「現れない」ことと、同義ではないのだ。それは、考慮に入れなければならなかった、筈なのに。
「ピュリファイアー……!」
「はははははははははは! 弾けて────混ざれェッ!!!!!」
光が、渦巻く。
収束し、奔流となる。
セイレーン、上位個体が誇る随一の火力──光学兵器。
その熱が、ボルチモアたちに向かって、放たれた。
(でも……それでも……)
ボルチモアは、迫りくる光の波から、目を背けなかった。
量産型を灼き尽くして迫る破壊の運命。
(私は、前に──)
それでも、引き退がらない。
エースの魂は、たとえ、破滅を前にしたとしても──
「ええ、よく持ち堪えました。ここからは、我々が!」
「……?!」
「我が旗よ、我が同胞を守り給え! 『我が神はここにありて』!!!」
しかし、その運命は、ボルチモアに、その僚艦には届かなかった。
あらゆる破壊を斥ける、聖なる光が、彼女たちを包み込んだのだ。
「どうやら、間に合ったようだな!」
「三笠大先輩!?」
「ああ、よく耐え抜いた、勇者たちよ!」
ボルチモアは、瞬時に事態を悟る。
成し遂げたのだ。自分たちは。
指揮官の信頼に、応えることが、出来たのだ、と。
「な、なんだよ今の!? あり得ないだろ、旗で、ばーって!」
ピュリファイアーも、明らかに動揺している。それだけ、彼女たちは予想外の存在なのだ。
「それに……カルデアサーヴァンツのみんな……! 三笠大先輩、これは一体?!」
「うむ! 指揮官の援軍要請を受けた我らだが、手持ちの戦力では到底足りない、と悟ったのでな。戦力の逐次投入で無駄になるよりは、と、かつての『こらぼ』と『れいしふと』なる秘術の情報を基に、長門以下の重桜巫女陣が総力を挙げて『特異点』類似の波長を生み出し、彼女たちを『呼んだ』のだ!」
説明しよう! とばかりに、三笠は得意げに語ってみせる。
そう、かつて、とある日々、母港で共に時間を過ごした戦友。それが、遠い別の世界で戦う、彼女たち『カルデアサーヴァンツ』であったのだ!
いつかまた、共に──と交わした約束が、今、目の前に在る。
「ジャンヌさん……!」
「ええ、ボルチモアさん。我らカルデアサーヴァンツ、今一度、アズールレーンに助太刀、致します! お姉ちゃん、いっきますよー!」
そう。セイレーンの演算ですら、この事態を予測することは不可能だろう。イルカ、そしてクジラの大群が、量産型セイレーンを囲み、砕き、咀嚼していく……ある意味では、夢に出てきそうな光景であった。
「さあ、反転攻勢だ! アズールレーン&カルデア連合艦隊、セイレーンを撃滅せよ!」
「いや、いやいやいやいやいや! おかしいだろ、それッ!」
三笠の号令一閃、援軍のKAN−SENと、サーヴァントたちが海を走り出す。
「で、でも、それでも戦いは数だよテスター! 量産型、ありったけ、いけぇッ!」
焦りに焦るピュリファイアーの合図を契機に、更なる量産型の「山」と形容すべきレベルの敵軍が、海域に表れる。圧倒的な物量、それが戦場の趨勢を決する──
わけでは、なかった。
「はっはっは! 時に、優雅にして華麗、無敵にして最強な個が群を撃つこともある……そういうことだな!」
「あ、あれは……」
「うむ! 美女で、そしてローマで、オリンピアの華! もちろん、余だよ!!!」
突然、海面が盛り上がり、最大級の量産型空母すら凌駕する規模の艤装めいた「劇場」が浮上する。
ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。ローマを統べ、歴史に華を残した輝ける皇帝の姿が、そこに在った。
「楽しむがよい、これが極上のアウローラ! 『誉れ歌う黄金劇場』!!!」
劇場から放たれた無数のビームが、量産型を打ち砕いていく。圧倒的な殲滅。かつて、地中海世界に覇を唱えた『ローマ』が、そこに屹立していた。
「は、反則だろそれッ! こんな、嘘だ……」
「はいはいー、動揺は足元を御留守にしますねー」
「!?」
打ち砕かれて行く自軍を呆然と眺めるしかなかったピュリファイアーに、更なる絶望が到来する。
「カルデアには潜水艦も在るんだよっ! よーそろー!」
「最大船速、手加減無用! 機関の負荷は気にするな!」
「あ、怪我はなるべく避けてくださいね。問答無用で注射です」
「あとでロイヤルの皆さんとの御茶会に、プリンを出しますね〜」
「最高! 『我は征く、鸚鵡貝の大衝角』!!!」
一閃。ピュリファイアーは、その瞬間、花火の如く中空に『打ち上げられた』。
「グワーッ!」
海面からは、イッカクを思わせる衝角を湛えた潜水艦が顔をのぞかせている。物語に謳われるネモ船長、その愛船による一撃であった。
(に、逃げるしかない……ッ。これは、あんまりにも予想外……、……)
ピュリファイアーは、既に心を折られていた。逃げの一手。それしかない。この場で何をどう謀っても、敵うような相手ではない。既に、KAN−SENたちも完全に息を吹き返している。勝てる要素が、何一つ残っていないのだ。
だが、彼女はひとつ、勘違いしていた。
それは。まだ、「逃げられる」等と、思っていたコト。
(いや、ちょっと待て。アレは?)
打ち上げられたピュリファイアーは、視界の端に更なる悪夢を捉えた。
何アレ。おかしいだろ。なんで、……空に、あんな巨大な戦艦が? 真ん中に……え、バニーガール……?
それに、……戦艦の先端に仁王立ちしたあの、ウォースパイトに似た雰囲気を漂わせる、騎士の姿は???
「輝きは空に、陸に──蒼き航路と共に在らん。『燦々とあれ、我が輝きの広間』!!!」
その疑問が、混乱の極みを誘発する中。ピュリファイアーは、巨大な光に呑み込まれる。
そして──彼女は。
「束ねるは星の息吹──輝ける命の奔流!」
あ、ヤバイ。終わったコレ、と。
「騎士の誓い、盟友・アズールレーンと共に! 『約束された勝利の剣』!!!!!」
薄れ行く意識の中で、そう、悟ったのだった。
「おぼえてろよぉぉぉぉぉぉぉぉ───……………………」
黄金の輝きに、蒸発するピュリファイアー。
そう、戦いはここに、アズールレーンの勝利で終わったのだ。
「やった!」
「勝ちました! ぶい!」
ボルチモアとジャンヌ・ダルクが、熱い抱擁を交わす。
それを少し離れたところで見ていた指揮官とマスターもまた、感涙のままに握手を交わしていた。
夕日が美しく水面を照らす中、歓喜に沸くKAN−SENとサーヴァントたち。その後、なんだかんだで安定した両世界の通行は、こうして、両陣営の戦いに新たな局面を呼び込むのであった──。
あとがきへ
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