「……いや、……銭湯って、すげー……」


 それが、杏子の偽らざる心境だった。知り合ったセイバーという少女に連れられて入った風呂は、どれもこれも、とてつもなく気持ちよくて、驚きの連続だった、と言っていい。

「風呂なんてシャワーだけでも十分、とか思ってたけどなあ……」

 その認識は、どうやら間違っていたらしい。何事も経験、ということだろう。

 間違いなく言えるのは、一人で魔法少女をやっていたら、絶対にこんな経験は出来なかった、ということ。銭湯に連れられ、セイバー、そして綾香という少女と知り合いになり。もしかしたら、一回きりの出会いかもしれないけど。そんな風に人と繋がって行くことは、実はとても楽しいこと、なのかもしれない。

「ま、一回きりとも限らないし」

 なんとなく、だが、また会える気もする。綾香と、セイバーと、なんとなく気になっていた、綾香の向こうで風呂に浸かっていたあの少女とも。それが何故かはわからないけど、当たってくれたらいい予感である。

「……」
「……よっ。いや、全然待ってないよ。今座ったところ……って、コレは?」

 杏子がそんなことを考えていると、いつの間にか、彼が目の前の席に座っていた。よほど、風呂で気持ちが緩んでいたらしい。そして、彼は、杏子に茶色がかった瓶を手渡した。

「これが、銭湯の後のお楽しみ……?」
「……」

 既に、栓は空けてある。ほんのりと、コーヒーの香りがただよう……これは、コーヒー牛乳、か。

「じゃ、ありがたく」

 杏子はコーヒー牛乳を受け取ると、こく、こく、と、喉を鳴らし、すぐに呑みほした。

 そして――

「美味い……これ、美味いな!」
「……」

 感嘆の声とともに、杏子は目を輝かせる。コーヒー牛乳を飲んだのはこれが初めてではないが――しかし、これほど美味しいものだっただろうか。

「……」
「風呂上がりの魔法、か……確かに、それっぽいな……」

 唸る杏子。シャワーで十分、と思っていた自分が、あの湯船で感じた快感を思い出せば、あながちそれも間違ってはいないように思える。

「……」
「え、フルーツ牛乳とかラムネもおススメ……飲むか、って?」

 そして、魔法はどうやら、コーヒー牛乳に限ったものではないようだ。彼が薦めるんだから、きっとコーヒー牛乳と同じか、それ以上の感動があるのだろう。
 ただ――

「んー、今日はいい、かな」
「……」
「だってさ、また何時でも来れるじゃん。その時の楽しみにしとくよ」
「……」

 その「いつか」は、またすぐに訪れる気がするのだ。杏子はここが気に入ったし、これだけ繁盛していれば、そうそう銭湯が無くなることも無いだろう。
 またそのうちここに来て、二人でゆっくり過ごす時間があればいい。フルーツ牛乳、ラムネの驚きは、またその時間に花を添えてくれる筈。


 幸せな時間は、これからも続いていく。先のことを楽しみにして生きるのも、悪くない。
 杏子は、そんなことを想いながら、湯上りのひと時を、心から愛しく感じていた。


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