「お待たせしてすみません、先輩」
「や、全然待ってないよ。さっき上がったところだし」


　逢がロビーに出ると、既に彼は先にくつろいでいた。手元には、二本のスポーツドリンク。一本は未開封である……と、いうことは。

「はい、逢の分」
「ありがとうございます。えっと、おいくらですか？」
「あはは、いいよ。トレーナー代、ってことで」
「そう……ですか？」

　 　ここで押し問答をしても、彼が代金を受け取らないくらい、逢はよく知っていた。そして、敢えてスポーツドリンクを渡してくれる辺りも、とてもうれしい心遣い。牛乳やラムネもいいのだが、やはりスポーツ選手としては水分の補給を優先したいのだ。

「んっ……はぁ……美味しい、ですね。運動とお風呂の後は、格別です」
「そうだね。身体に沁みていくのが分かる、っていうのかな」
「あ、その感じは分かります。スポーツドリンクは吸収されやすいって言いますし。
　はぁ……それにしても、良いお湯でした」
「僕もだよ。なんか、面白い外人さんが居て、ちょっと騒がしかったけど」
「外人さん、ですか……そういえば、私も、とっても綺麗な外国人の人、見ましたよ」
「へえ……」
「あ、あの人です。金髪の」

　彼は、逢の指差したほうを向き、きらりと目を光らせた。

「確かに、美少女だ……」
「……先輩から見ても、そうですか。では、あちらの赤い髪の毛の女の子は？」
「……おっと、……あの子も、中々……凄いな。今日の銭湯は美少女のオンパレードじゃないか」
「……はぁ……」

　逢は、そんな彼に、ひとつ溜息をついてみせる。逢の内心を知ってか知らずか、しかし、そんな溜息をものともせず、彼は言葉をつづけて見せた。

「でも、逢も負けてないと思うよ」
「……もう、先輩……」

　真顔で言ってのけるのが、この人の凄いところだ、と、逢は思う。そして、きっと、冗談抜きで大真面目。だからこそ、逢は彼に魅かれている、と言えるのだが。

「ところで、この後はどうする？」
「そうですね……先輩の部屋で、ゆっくりするっていうのはどうでしょう」
「お、いいね。走った後にのんびりする、最高じゃないか」
「ふふ。それじゃ、決まりですね」

　この後の予定も決まり、逢と彼は、しばし身を休憩にゆだねる。
　いや、本当にいいお湯だった。毎日でも通いたいくらい、逢はこの銭湯が気に入っている。

　さて、次に来る日のことを考えよう。ジョギングコースを考えて、日程を調整して。また、このゆったりとした幸せな時間を過ごすために。

　そして、次の機会――また、妙に気になるあの人たちにあえたらいいな、と。
　逢は、心の片隅で、そんなことも考えていた。



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