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「頼もう! 関東管領上杉弾正少弼輝虎入道謙信である、にゃー!
 あ、あけましておめでとうございます」
「!? あ、あけましておめでとうございます」
「ことしもよろしくお願いします」

 今年は辰年、辰は竜、龍といえばセイバー、とか、ソレ以外だと……。
 など、と。正月の穏やかな空気の中、のんびりと考えていた衛宮邸亭主・衛宮士郎のリラックスタイムは、突如としてインターセプトされたのであった。
『越後の龍』、そのひとによって。しかしながら、突然の乱入でもしっかり新年のアイサツは欠かさないところ、礼節を重んじる室町時代の武将の面目躍如である。礼節には礼節で。セイバーもまた、しっかりきっちりと年始の挨拶で応じている。

「え、謙信……、さん?」
「そういうことです。ささ、少しばかりお時間を頂戴したく。端的に言うと、肴をですね、作って頂きたいのです」

 目が点になる士郎を他所に、ササっと居間に入り込み、自然な動きで座布団にて胡坐モードに入る毘沙門天。ほとんど「自宅」に近い、そんな動きである。

「肴。酒のアテ」
「ええ、ええ。いやあ、犀川よりも深く三国峠よりも高い理由がありまして」

 カルデアのマスターからは、ある事件を機に「表情がとても豊かになった」と、惚気に近い便りを受けている士郎である。確かに、正月ののんびりしあわせな空気の中で、というだけではない、なんともいえない「やわらかさ」が、今の彼女には備わっている気がする。
 それは、それとして。

「まあ、折角の御正月ですので? カルデアでのんびり呑んでいたんですが……」

 カルデア食堂。料理人としてのスキルが高い古今の英雄たちが、その腕を揮う隠れた現代の名店。定食から居酒屋メニューまで何でもござれの理想郷、であったはず、なのだが。

「新所長から樽酒の提供もありましたし、それはそれは盛況で」

 当に浴びるように呑み、という様相であっただろう。名将、武人が集い、新年を祝うさまは、壮観の一言だったはずだ。

「しかし、ですね。……やりすぎて、しまいまして」

 謙信公の表情が、曇る。
 こういうところひとつとっても、大変に「人間らしい」といっていい。

「樽がカラになって、かの英雄王の酒蔵からもご提供いただいて、それも空になって、まだ呑み足りず、酒を求めて艦内に繰り出したところ」

 それは、文字通り「王の軍勢」と評して良かっただろう。酔っている者も素面の者も、一騎当千の剛の者である筈だ。
 だが──。

「……様子を見に来た婦長が『やりすぎです』と」
「なるほど。それはいけません」

 静かに、にこやかにお茶をいただいていたセイバーが、そこで初めて湯呑を置き、そう宣うた。かのナイチンゲール婦長は、健康的膂力に優れるが、他方、非合理の指摘はしないヒトである、といっていい。
 新年宴会にはサーヴァントのみならず、カルデアの生身の職員も混じっていた筈だ。それが暴飲暴食に呑み込まれるのは、座視できるコトではなかったのだろう。

「こうなってはカルデアで呑み続けるのはご法度、なのですが。ふと、思い立ちまして。ほら、あの弓兵さんの腕前を想えば、貴方もまた肴の名手なのではないか、と」

 士郎は、苦笑せざるを得ない。で、来たのです、と。軽やかに、爽やかに、鯨飲していたとは思えない快活さで、彼女は語る。……どうも、「酔う」ということはなく、単に好き、という嗜好が正しい表現らしい、と、これまたカルデアのマスターの評するとおりであった。

「ですので、この謙信ちゃんたってのお願いです。どうか、肴のコースを是非、是非。ああ、無料でとは申しません。軍略の講義、うさみん直伝の苧経営戦略、鉱山運営なんかもお教えできますよ」

 成程、それは中々興味深い、といっていい。もっとも、その見返りがなくとも、集ってくれた客将を、無碍にする衛宮邸ではない。

「分かりました。軽く、になっちゃいますけど、構いませんか?」
「もちろん!」

 ぱあ、と、越後の龍の表情が明るくなる。
 成程、これはカルデアのマスターも感動するだろう、と、士郎は大いに得心した。

「セイバー、手伝ってくれるか?」
「了解しました。……と、終わった後は、私も一献、よろしいでしょうか」
「ん、勿論」

 愉快に酒を呑むひとの近くにいると、「そういう欲」も出てくるのかもしれない。越後とブリテンの龍が杯を交わす、これまた中々の光景になるだろう。

「しかし、夜の献立に影響を与えずに肴となると、なかなか難しいのでは」

 と。
 何故か、既に台所に立っている──「我が夫」に提供する和菓子を作るつもりだったが、カルデア食堂が酒盛りで使えなかった、という理由を語っていたものが真実であったのを、図らずも謙信公が証明するコトになった──セイバーの「姉」、モルガン陛下が、そう首を傾げる。度々衛宮邸の台所に来襲する彼女は、既に士郎やセイバーと同程度には台所に精通しつつある、といっていい。既に目的であった和菓子作りを終え、陛下が優雅にティータイムを過ごしておられる最中の出来事でもあったのである。
 ちなみに、モルガン陛下は穂群原高校の制服+割烹着、という、中々に妙といえる着こなしであった。制服については、以前、セイバーが着ているのを目にして以来、トネリコモードで着用して、その機能性に感じ入った、とかなんとか。それを「陛下モード」でも着こなさないと、来る学園生活(※カルデアのマスターとの)に支障をきたしかねない、と、これまた努力している最中、であるらしい。
 そんな姉を見るセイバーの目は、実際生温かかったりする。もちろん、セイバーは普段、ばっちり着こなしている。以上、余談である。

「そうですね、とはいえ……、何とかなる、とは思いますよ」
「なるほど。貴方が言うのであれば、そうなのでしょう」
「というか、なんでまだ居るんですか……」

 苦い顔のセイバーと、涼やかなモルガンと、既に料理人モードの士郎。早速彼は、脳内に上がったラインナップをサクッと形にするべく、アウトプットしていく。

「ほとんど、作り置きと出来合いになりますけどね。肴には逆に、合うかも」
「組み合わせ次第、ということですか。ふむ……」
「そういうことです。セイバー、レモン塩あったと思うんだけど、出しといてくれるか?」
「了解しました、シロウ」

 二人のブリテンの伝説を助手に、手際よく、てきぱきと作業を進めて行く士郎。
 幸いにして、酒類は藤村家からの供給が実際潤沢である。
 となれば、あとは亭主の腕次第。かの弾正少弼どのを満足させられれば、それはひとつの誉れとなるであろう──。



   ☆


「と、いうわけで」

 枡酒に塩、更にゆで卵にレモン塩。冷凍の枝豆も、フライパンにてごま油+醤油のひと手間でグッと味が乗ってくる。更にはおせち料理サブメニューの焼き豚、出汁巻なんかもお出しして。

「如何でしょうか」
「……、……禄は何貫ほど所望で? 是非、春日山の厨を任せたいですね」

 見た目だけで、既に勝利が確定しているメニュー、といっていい。更に甘酒も温めつつあり、塩気多めのラインナップに中休みまで設けている至れり尽くせりぶりであった。
 兵を量り、戦を決する軍神の炯眼、ともいうべきか。既に、謙信公は、その献立が己が求めに100%合致することを、大いに悟っているようであった。

「では、失礼して」

 居並ぶ軍神、騎士王、妖精女王に献杯する亭主。
 なかなかどうして、数奇な光景、と呼ぶほかない。

「「「いただきます」」」

 豪快に、可愛らしく、荘厳に。三者三様の、猪口の運び方。
 共通しているのは、皆、実に「絵になる」ということであった。

「美味しい──、沁みますね、こう」
「これです、これ。たまりませんねぇ……あ、マスターも呼ばないと。婦長を説得したら行くかも、って言ってましたから」
「──、……ほう、それは聞き捨てなりませんね」

 そんな、のんびりほんわかさつばつな、衛宮邸の御正月。
 さてさて。今年も千客万来、その皆様に、いっときの安らぎを、と。


 仲睦まじい三人を見つつ、士郎ものんびりと、お茶をいただくのであった。


 了



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