(……どうして……!)


 衛宮士郎は、走りながらそう嘆く。
 どうして、どうしてこうなった。
 なんでさ……なんで、こんな……!

(間に合ってくれ……!)

 遠くからでも、見間違えるはずがない。彼の最愛の「剣」、セイバーは、自らの宝具を解放せんとしている。
 その視線の先には──紫の、雷霆。世に「雷電将軍」と謳われる、影の太刀が高らかに掲げられている。

「く……っそお……!」

 繰り返し、士郎は嘆く。
 どうして、こうなったのか。
 ひょんなことから────遠坂先生の宝石剣実験〜失敗〜によるハプニングで────テイワットを訪れる羽目になった士郎とセイバーが、当地の「魔神」の一柱である、雷電影と相対し、朝焼けの名椎の浜で、雌雄を決せんとすることになったのか。


 時は、半日ばかり遡る──。



   ※



 温泉、軽小説、神社からの絶景、花見酒。
 テイワットの一国・稲妻は、訪れる者を楽しませる要素に満ちている。暗く、重い歴史を経て尚、この地には前へ進もうとする意志を見せている。

 極めて偶然ではあるが、そんなこの地に立ち寄ることになった士郎とセイバーは、折角なので……と、その文物を存分に楽しんでいた。

「何処の世界でも、大きいお風呂はいいものですね」
「だよなぁ。いい湯だった……」

 天然温泉、というモノではないようであるが、それに匹敵する薬効を感じさせる秋沙銭湯を後にした士郎とセイバーは、夕刻の稲妻城、そのメインストリートを歩いていた。

 無限に舞い散る桜が、なんとも美しい。何処か、夢幻のような町。それでいて、確かな「人々の想い」を感じる街。二人が知らない、とある「戦い」を経たこの城は、今は傷跡を癒し、未来へと進もうとする活気で満ちている。

「食べ物は、冬木に似ていますね。特に甘味が素晴らしい。座敷で出して頂いた、あの」
「団子牛乳、だよな。アレは確かに面白かった」

 こう、食感が、と、士郎も頷く。冬木でも見るような素朴なグルメから、緋櫻餅のような繊細な菓子まで、稲妻の食文化は興味深い……が、やはり、「団子牛乳」が色々な意味で一番のヒット甘味、という点で、二人は一致していた。

 タピオカティーともシェイク系飲料とも異なる、それでいて飲みごたえと大満足の甘さが同居する一品。この発想があったか、と、セイバーも士郎も唸ったのであった。

「そういえば、この筋に団子牛乳の元祖の屋台があるのだとか。シロウ、宿にひとつ、持って帰る分を買っていきませんか?」
「いいな、うん。夜食にもなるし」

 稲妻城の創作料理人・智樹が経営する屋台。其処こそが、雷電将軍が顕彰し、爆発的売れ行きを記録するようになった「団子牛乳」の発祥の地であった。士郎とセイバーの二人は、その屋台の前で、

「……」
「──」

 とある二人と、鉢合わせる形となった。  金に輝く瞳を持つ少年。そして、紫の、気品ある美しさを湛える女性。
 その女性とセイバーは、ほぼ同時に、団子牛乳へと手を伸ばしていたのであった。

「おや」
「あら」

 ──問題は。

 と、士郎は、後から頭を抱えることになった。
 そう、団子牛乳が、あと一本しかなかったことにあったのである。
 自然と、セイバーと影、二人の視線が合う。
 では、取り合いになったのか……、といえば、それは否であった。

「失礼、貴女は確か、雷電将軍」
「そういう貴女は、近頃、稲妻城近辺の賊を討ち平らげているという剣士殿と、その伴侶……では、ありませんか?」

 実際のところ、二人は初対面であった。しかしながら、互いに「評判」は聞き及んでいた。

 雷電将軍──実は「影」の方なのだが、それはそれとして──彼女は、万人が知る稲妻の神、武の極致であり、最高施政者である。
 対して、セイバーもセイバーで、実は稲妻城では数日のうちに名を知られた存在になっていた。「ひょんなことから」飛ばされたこの地で、路銀稼ぎに、と、冒険者協会や万端珊瑚探偵所から任務を請け負い、近隣のならず者や迷惑浪士をひっ捕らえて回っていたのである。その鮮やかな働きと、可憐な容姿。粋を好む稲妻の民の目を引かない訳もなく、既に影の耳にもその活躍は届いていたのだ。

 さておき。
 その時、団子牛乳を前に二人が取った行動に、争いの兆候など、全くなかった。
 謙譲。その二文字が、自然と浮かぶ。

「稲妻を旅する方の楽しみを奪う等、あってはならないことです。ましてや、民のために働いてくれている貴女のものを。残りのひとつ、どうぞお持ち帰り下さい」
「いえ、聴けば貴女は甘味に目がないとか。王としての政務、その烈しさはよく知っているつもりです。そのささやかな楽しみを邪魔することは、私にはできません」

 ──等、と。
 そう。セイバーと影は、互いに「譲り合った」のであった。

 しかし。
 それは単に、ベクトルが「向き合う」か、「引っ張り合う」か、の差でしかなかったのである。譲り合いは次第に過熱していき、「どちらが退くか」についてのアツい議論となり……、……そして。

「であれば、一手」
「なるほど」


 結果として。

 互いに極めて「負けず嫌い」で「頑固」な武人である、騎士の王と雷の神は、「手合わせ」と称した、「団子牛乳辞退決定戦」を行うことになったのであった。



 ※



 その戦いは、苛烈そのものであった。

 或いは、かつての、魔神同士の争いとは、このようなものであったかもしれない。
 中空を舞う黄金の輝きと、紫紺の発雷。そのぶつかり合いは一般人の目で追えるレベルではなく、後に士郎が「ドラゴンボー〇Zで見たアレ」と述懐したように、衝撃波が鳴り響くこともしばしばであって、九条陣屋に駐屯するの猛者達をも戦慄させた。

「「……マズいな、これは」」

 と。そんな、二人のぶつかり合いを目の当たりにした士郎と旅人は、ほとんど同時に、そう呟いたのであった。

 方や、セイバーは負けず嫌いで、頑固である。
 他方、影は頑固で、負けず嫌いである。

 さらに、武の力もほぼ拮抗している。となれば、二人の争いはそれこそ一昼夜を超える可能性すらあった。
 ──或いは、第二の無間刃狭間が産まれるのではないか。
 旅人と士郎は、直感的に、そう悟ったのである。

「「防ぐには……、……これしか……!」」

 その時、二人は謎の意思疎通を見せた。
 士郎は、千客万来衛宮邸の台所を預かる者であり、料理が得意である。
 旅人は、方々の竈で万国の料理を作り上げる、料理のタツジンであった。
 二人の見解は、ただ一つの方向を向いていた。

 そう。
 それ、こそが。



 ※



「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流──」
「ここより、寂滅の時──」

 名椎の浜を覆う輝きは、今にも溢れ出んとする様相であった。
 たたら砂方面から駆ける士郎、そして、旅人。その傍らには、とある人物がスライム気球に乗って付き添っていた。

 今にも、セイバーと影、二人の「必殺」が放たれんとするその瞬間。
 スライム気球に乗っていた彼──「智樹」は、思い切り、声を張り上げた。

「追加の団子牛乳、お持ちしました!!!」


 ──と。


 そう。
 旅人と士郎は、一致したのだ。「自ら団子を作り、智樹と協力し、牛乳と合わせて団子牛乳を量産、そして、この手合わせを無用のものとするほかない」。その、一点に於いて。



 ※



 かくして、危機は去った。セイバーと影は互いに刃を納め、武人としてお互いを称え合う。
 ユウジョウめいたものまで芽生え、稲妻城の貴賓として、一角にある座敷で歓待を受ける程であった。

 もちろん、宴のお茶請けは、団子牛乳。
 桜の下、楽しげに笑い合う、稲妻の神と、ブリテンの王。
 その傍らに控える旅人と少年の笑顔は、若干引きつっていたのであった。



 ちなみに。

 この顛末は、稲妻の清酒を求め、アテを求め彷徨っていた風の吟遊詩人によって、沖から戦闘を肴に大酒し、上機嫌そのものだった大船長によって、たまたま通りかかり、神々クラスのバトルに介入したくてウズウズしていた戦闘狂によって、高エネルギー反応に関する考察を纏めていた学者によって、活動写真の題材を渇望していた技師によって──中略──それぞれ各国に伝えられ、テイワット中の噂話となった、とかなんとか。



 了


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